「で⋯⋯た⋯⋯」

 "外"に出たとたん、ドッと疲れがきてばたりと倒れ込む私。

「⋯⋯みん⋯⋯な⋯⋯」

 気づけば、意識を失っていた。



「んっ、んん?⋯⋯」

 起きると見知らぬ場所にいる、というどこかのファンタジーのような状況に動揺が隠せない。
 が、とりあえずは状況を整理しようとあたりを見回す。
 私が寝ていたベッドは天蓋つきな上金を基調とした高級感漂うデザイン。
 いや、それだけではない。部屋全体が金を基調としていてそこかしこに美しい彫刻が施されている。一般庶民の私からしたら目が痛いくらいだ。
 それに加え着替えさせられていた服も金を主としたきらびやかな服。
 おそらくここは金持ちの家だろう。
 しかし、

「なぜ?⋯⋯」

 思わず独り言をもらす。
 窓から差し込む太陽の光。リオネスにいた時とはまた違っていて綺麗に見える。
 紺碧の空も、そこに浮かぶ白い雲も、とてもまぶしい。

「そうだ!みんなは⋯⋯」

 無事に"外"に出ているだろうか。
 はやくここをでて、みんなに会わなくちゃ。
 起き上がりベットの横の鏡の前にいく。
 橙がかった金髪はあっちこっちにはねて鶯《うぐいす》色の瞳には明らかな疲労が浮かんでいる。
 にしても、この服、丈短くないか?
 ワンピースのような形のこの服は、丈が膝上で、普段そんなにスカートを履かない私からすると違和感がありすぎる。
 こっちの人にとっては普通なのかな。
 ぼんやりとそんなことを思いながら綺麗な装飾の施された戸に向かい歩いていく。
 すると、私が手をかける前に外からガチャリと戸があけられる。

「あら、起きてたのね!」

 褐色の肌に綺麗な白髪と瑠璃色の瞳をした美しい女の子が私に微笑みかけてくる。

「誰?」

 よく考えもせずに思ったことが口をでてしまう。
 私の悪いくせだ。

「あぁ、自己紹介もせずごめんなさいね。私はサァヤ」

 そういって右足を後ろにさげ、スカートの裾をつまみぺこりとお辞儀をするサァヤ。
 キラとはまた違った妹属性を感じる。

「サァヤ⋯⋯なんで私はここに⋯⋯」

「それについては私のお父様からお話があるの。きて」

 こちらの返事など聞きもせず私の手をひき駆け出すサァヤ。

 私はどこか逃げ道はないものかとあたりを見回したが、この建物の大きさが、異様な長さの廊下が、全てが簡単には出られないことを物語っていた。

 仕方ない。その話とやらを聞いてすぐにここを出よう。
 そう思うと悠長に歩いてもいられず、サァヤに引っ張られ仕方なく動かしていた足を早め、私はサァヤの父の元へ急いだ。

「ふぇ⋯⋯」

 思わずことばがでなくなる。
 サァヤが「ここに父がいる」といって見上げた大きな扉の先は本当に大きくて広くて至るところに金が使われている、目が痛くなるほどの場所だった。
 そこを通る一本の広く長い赤い絨毯の道。その先にはこれまた金だらけの大きな椅子があってそこに男の人が座っている。おそらく、いや、間違いなくサァヤの父親だろう。豊かな白髭の優しそうなおじいさん。

「おお、来たか」

 そういってニコリと笑うサァヤの父。

「ええ!⋯⋯⋯⋯えーと、あなたのお名前伺ってなかったわね。なんてお名前?」

 そういって気まずそうに微笑む彼女に
「リィン」
 と答える。

 サァヤは大げさなほどに表情を輝かせ「まあ!素敵ね」などというと父の方を向き
「リィンさん、起きたし元気よ」
という。

 逃げるためにも元気なことはあまり伝えて欲しくなかったが、仕方あるまい。

「まあ、こちらに来てください」

 にこやかにそういうがサァヤの父への道のりは結構長い。
 ここまで来るのに既に体力を消費しまくってるというのに、まだ歩かせる気か⋯⋯。

「さ、リィン行こう」

 そういうと私の手を取り小走りするサァヤ。
 この子お嬢様っぽいのに案外体力あるのね。
 でもまあ、こんな広い家に住んでたら自然とそうなるか。などとごちゃごちゃ考えているとサァヤの父の前に来ていた。

「こんにちは、リィン。私はこの灼熱の都、ゴウネルス王国の国王スヴェイルだ。以後よろしくな」

 そういってごつごつした大きくてたくましい手をこちらに差し出してくる。
 ⋯⋯王⋯⋯⋯⋯様⋯⋯⋯⋯?⋯⋯

 リオネスの王様は「神」に等しいとされていて庶民の者は王の顔を見ると失明するとか死ぬとか言われてきた。

 でも、この王様は平気そう?⋯⋯。
 恐る恐る手を差し出すとガシリと手をつかまれてブンブンと上下にふられた。

「さぁて、何から話そうか」

 そういってドサリと椅子の背もたれに寄りかかり白髭を触るスヴェイル王。
 どこか庶民らしさがありそれが人間らしくも見えてホッとできる、そんな王様だな、と思った。

「まずリィンの祖国、リオネス大王国についてじゃな⋯⋯」

 深いため息と一緒にはきだされた言葉に体がビクッとする。
 この人、私がリオネスから来たってなんで知ってるの?⋯⋯
 さっきまでの安心感などふっとび一気に緊張が私の中を走り抜ける。

「安心せい。なにも悪いことはせんよ。真実を話そうというだけじゃ」

 そういってスヴェイル王はニカリと笑ってみせる。
 その笑顔を見ると今度は緊張感が一気に消え去る。
 不思議な人⋯⋯。

「お主は《《抜け出した》》ということなのじゃろ?」

「⋯⋯はい」

「⋯⋯やはり。私の目に狂いはなかったか。サァヤ」

「はい、お父様」

「え⋯⋯」

 私の喉元にあてがわれる、鋭く、冷たい刃。

「サ、サァヤ?⋯⋯」

 剣を突きつけてきた、先程まで純粋無垢極まりなかった少女を見やる。

「ごめんね、リィン。今は前だけ見ててね。じゃないと」

 剣先が喉に押し当てられる。

「ぐっ⋯⋯」

「こうなっちゃうの」

 私は先程とは打って変わった鋭い目つきで王を見上げた。

「おうおう。随分と威勢がいい娘じゃのう。ますます気に入った。」

「⋯⋯。それより、どういうことですか?あなたは私に真実を話すと」

「ああ、確かにそういった。しかし、それは、この国につくと誓ってからじゃ」

「⋯⋯は?⋯⋯」

「お主、仲間と一緒にリオネスをでたのじゃろう」

「キラ達のこと知ってるの!?」

「いや、詳しくは知らん。が、風の噂でここからしばらく行った先のカーブ王国に一人の少女がいると聞いた。その少女は君が倒れていた日と一、二日違いでカーブ王国の者に発見され今は王宮住まいをしているらしい。」

「⋯⋯なにがいいたいの?」

「ほかにも友達がいるのなら、その子らもみな、どこぞの国の王宮にいることだろうと思ってな」

「⋯⋯?⋯⋯」

「お主らにはその価値がある」

「価値ってなんの?」

 私達はただの一般庶民だ。
 まあ私は少し変な力を持っているがそれ以外は普通だし価値なんて⋯⋯

「"魔法"という言葉をご存知かな?」

「いえ⋯⋯」

「そうか⋯⋯。魔法というのはこの世の理論上不可能なことを可能に変える技のようなものじゃ」

「はあ⋯⋯」

 なんで"価値"の話から"魔法"の話に変わったの?関係なくない?そう思っているとスヴェイル王がそれを見かねたよう話し出す。

「お主らにはその才能があるんじゃ。そして、そういった者らが産まれるのはごく稀。奇跡のようなものじゃ。まあ無論リオネス大王国には"魔導師"しかいなかったじゃろうから"魔導師"が生まれるのは奇跡でもなんでもなかったんじゃろうが」

 ⋯⋯⋯⋯つまり、私のあの力は"魔法"の力?⋯⋯。

「そしてお主は魔法の能力が人並み外れて高かったからこそ魔域《ゲート》を破り出てこれたんじゃ」

「⋯⋯なんとなくだけど分かりました。でも、なぜリオネスは⋯⋯」

「うむ。そこが一番重要なところじゃ⋯⋯。リオネスという男は千年以上生きているのに死なぬ。むしろ若返っていると言われているんじゃ。そんなリオネスを支えているのが国民の魔力」

「え⋯⋯。じゃあ、私達は、本当は魔法が使えるのにその力を吸い上げられていて使えなかった。そして、リオネスは不老不死である為に"魔法"の才があるものをあそこに閉じ込めた、ということですか?⋯⋯」

「リィンは物わかりがいいのぅ。しかし一部違うところがある。リオネスの目的じゃ。リオネス大王国は魔域《ゲート》に守られていて外からも見えないようになっている。そんな絶好の秘密基地な場所で彼は計画をたて、そしてそれを実行しようとしおるのじゃろう」

 苦虫をかみつぶしたような表情でそういうスヴェイル王。

「世界を乗っ取るのがやつの最果ての目標じゃからのう」

「そんな⋯⋯。そんなことのために私達から奪った魔力《ちから》を!?」

「いや、真実はわからぬ。もしかしたら、わしが考えているよりもひどいことかもしれんな」

「⋯⋯⋯⋯。ともかく、私達はリオネスの道具だった、ということですね」

 そういうと一息ついてから

「で、その剣はいつになったらどけてくれるんです?」
と問うてみる。

「だから言ったろう?お主がこの国についてくれるまで、と。わしは、他国の王のようにひどい手は使いたくないからの。情報《しんじつ》を武器にお主をこちらに引き込もうとしたんじゃが、ついペラペラと喋ってしまった」

 そういって豪快に笑うスヴェイル王。

「⋯⋯それってあなたの責任ですよね」

「まあ、そうじゃのう。しかしお主がこれから仲間を捜すんだとしてもこの国につくと決めておいた方が良いと思うぞ」

 その口調に段々とイライラしてくる。

「だから、なんなんです、その『国につく』って」

「おお、言い方を誤ってすまない。つまりは『仲間になる』ということじゃ」

「⋯⋯⋯⋯は?」

 なにが言いたいのかさっぱりわからない。

「例えばお主がカーブ王国に行って仲間を助けようとするじゃろ?その時にお主がどこの国にもついていな⋯⋯仲間になっていなかったら今度はカーブ王国の者にこのように迫られるのじゃ。しかし、この国の」

「めんどくさいですね、色々と」

 はっきりとそういうとスヴェイル王はしばらくポカンとしていたがやがて大口をあけて笑った。

「お主、面白いやつじゃのう」

 なんだかんだいって、私自身この王様のこと嫌いになれないし、サァヤも(今は剣を突きつけられているけど)嫌いじゃない。
 どこかの国と『仲間』という名の協力関係を結ばないと幼なじみ達と再会出来ないのなら、この国でいい気がする。

「わかりました。」

「なっ!?本当か!?本当にか!?」

 繰り返したずねてくる王に若干うんざりしながら「はい」と応えると首元にあてられていた剣がカチャリと音をたてて地面に落ちる。

「やったね、父様!」

「やったね、サァヤ!」

 少なくとも私はこういう『神らしくない』王様のほうが好きだしね。
 そう思って微笑んでいるとサァヤとハイタッチしていた王と目があってしまった。
 せっかく親子水入らずという感じだったのに私邪魔だわと思って後ろを向こうとすると

「リィン、お主はわしのお気に入りじゃからの。とっておきの部下をやろう」
と王に言われる。
 ぶか?ブカ?一体なんのこと⋯⋯?などと思っていると、シュンッと風を切るような音と共に白い光が走って⋯⋯。

 目の前に同い年くらいの男の子が現れた。
 栗色のはね気味の髪の毛と驚きで見開かれた栗色の瞳。全体的に整った顔立ちでいかにもモテそうな男の子だ。
 手には食べかけのおにぎりを持っていて、服装からして騎士っぽいが⋯⋯

「ロイ、こちらはリィン。お主の主人じゃ」

「⋯⋯⋯⋯」

 男の子がポカーンとしてこちらを見つめ、王の方を見て、またこちらを見つめる。

「はあぁぁぁ〜〜〜〜っ!?」

 耳をつんざくようなその声と共に顔に米粒が飛んできた、
 しかし男の子、ロイはそんなこと気にもならないのか私の方など見向きもせずに王様のほうにいく。

「なんでまた急にっ!?いつもの悪ふざけなら大概にしてください」

「悪ふざけなどではないぞ。これは王としての命令じゃ」

「そうだよ、ロイくん。リィンはとってもいい子だし。ね?」

 王とサァヤの声が耳にはいったのかはいっていないのか、こちらを振り返り、「なんで俺がこんなやつと⋯⋯」という顔をしているロイ。

 でも、今の私にはそんなのどうでも良かった⋯⋯。

「ちょっと、あんた!人の顔に米粒飛ばしといて謝りの一つもないってどういうことよ!」

 そういってロイの目の前に歩いていくと仁王立ちする。
 それから数秒してロイも
「なんだよ!そっちこそ、そんな間抜けヅラして俺の主人とかなめんなよ!」
 などと意味のわからない、理屈の通らない話をしてくる。

「キーキーうっさい!それになんでそんな俺様ぶってんのよ。はやく謝ってよ」

「やだね。お前なんかには謝んねえよ」

 な、なんて幼稚なの⋯⋯!
 呆れて言葉もでない。

「仲いいなあ、二人とも」

 ニコニコとそういうサァヤに
「はあ!?どこがですか!第一なんでこの人こんな破廉恥な格好なんですか!不潔ですよ!」
というロイ。
 え⋯⋯。
 自分の格好を見やる。確かにスカートの丈はやけに短くて私の感覚だとかなり『破廉恥』だ。しかし、こっちでは普通なのかなと思ってた。
 そのことが恥ずかしくなって、頬を染めたのも一瞬。

「不潔は言い過ぎだと思いますけど」

 冷めた目をしてそういうと私はフッと鼻で笑った。

「とにかく、今日は二人とも休め。リィンの部屋はサァヤの隣、先ほど寝ていた部屋じゃ。わからなければ、そこらにいる召使いに聞いてみい」

 にこりと微笑んだ王に「はい」とうなづく。

「じゃ、俺も行きます⋯⋯」

 ブスッとして私より先に歩き出すロイ。
 私はその背中にべーッと舌を出してから自分の部屋に向かった⋯⋯。



 その次の日。私とロイはくだらない口喧嘩をしながらゴウネルス王国をでてカーブ王国に向かった。
 しかし、カーブ王国の王宮にキラ達の姿はなく風の噂とやらは本当に"風の噂"に過ぎなかったらしい。

 ロイと口喧嘩する元気もなくうなだれてゴウネルスの城に帰還する。
 キラ達、どこにいるんだろう⋯⋯。
 無事だといいんだけど⋯⋯。
 モヤモヤした気持ちで歩いていると城内の一角、中庭のほうから剣のぶつかり合う音がしてくる。

「じゃあ、俺いくわ」

 無愛想にそういうと剣の音がする方に駆けていくロイ。
 私もなんとなくその後に続いて歩いていく。
 物陰からこそりとそちらをのぞくとロイと同じ服装をした人達(多分騎士さん)が剣の鍛錬をしていた。

「もっと、腕をあげなさい!休んでる暇はありませんよ!」

 厳しい声音でそういってざっと二、三十人はいる騎士達に指導しているのは見知った人物。

「サァヤ⋯⋯」

 あの時は単に剣を突きつける役目なのかと思ったが⋯⋯。

 稽古をしているサァヤの姿を見て確信する。サァヤは並大抵の剣士ではないと。

 あの場で『仲間になる』ことを拒んでいたら確実に殺されていただろう。そう考えると寒気がした。

 しかし、無邪気で無垢な、子供のように見えたサァヤがあんなふうに人の前に立っているんだ。すごいなあ。

 グッと拳を握る。
 私もちゃんと頑張らなくちゃ。
 たとえ魔法の才能があっても使えなかったら意味がない。
 はやく強くなって、いちはやくみんなと合流したい。
 《《外》》に出たのだって、やっぱりみんなと一緒じゃないと意味ないもん。

「⋯⋯なにやってんすか」

「は?」

 その声に振り返ればブスッとした顔のロイがいた。

「なんでそんな所にいるのよ」

 確かにサァヤがいる方に走っていったのに⋯⋯。
 しかも背後をとられるなんて不覚。

「後をつけてくる不行き届き者がいたのでね。見ていれば、サァヤ様のことを一心に見つめるという不審な行動をしていたので、さすがに声をかけました」

「⋯⋯はいはい、立ち去りますよ。邪魔してごめんなさいね」

 そういうと私はブスっとしながら歩き出した。




 〜その頃 とある国にて〜
 シルバー色の巻き毛に空色の瞳をした少女が目を覚ました。
 虚ろな目をして辺りを見回すと、ぼそりと思ったことをいう。
「私⋯⋯誰?⋯⋯」