彼はお母さんに引きずられる様に、母屋へと連れて行かれ、私は仲居さんの案内で、客室である桔梗の間へと通された。

仲居さんは「お疲れになりましたでしょう?」と言ってお茶をいれてくれた。
緊張で喉の乾いていた私は直ぐに、仲居さんが淹れてくれたお茶を飲んだ。
そのお茶は熱すぎず、かと言ってぬるすぎない、ちょうど良い温度で、喉の乾いていた私にとって、嬉しいもてなしだった。

お茶を飲み干すと、今度は少し熱めのお茶を淹れてくれて、今度はお茶の香りを楽しみながら、私はホッと息をついた。

「とても美味しいお茶を、有り難う御座いました。少し心が落ち着きました」

「それは良う御座いました。着慣れない着物は体も疲れますし、心も乱れます。
温泉でも入って、ごゆっくりされては如何ですか?」

「有り難うございます」

仲居さんは、何か用があったら室内の電話で連絡してくださいと言って、部屋を出ていった。

着慣れない着物か…
確かに普段洋服で生活してる私が、頑張って着てみても、毎日着てる人達から見たら、直ぐにバレちゃうんだろうなぁ…
無理して着てるって事。

心も乱れるって言われた時も、私はハッとした。
緊張していたとはいえ、彼のお母さんにまともに挨拶も出来なくて…
普段の私なら、どんなお客様の前でも、あんな情けない挨拶はしない。

全て見透かされてしまった…
仲居さんでさえ、私の愚かさを見抜いたと言う事は、この旅館の女将である、お母さんには間違いなく見透かされている筈だよね…