「さぁ! 仕事行こう」

私の勤務先は、二駅先にあるSAKURAホテルである。

「おはようございます!」

リネン室にあるワードローブで制服を受け取り、更衣室へと向かう。

「おはよう! 今日もいい顔してるね?」

出た…

「おはようございます…」
いつもいつも…
いい顔とはなんだ…?

「今夜どう?」

「お断りします。でも、いつもの時間いつもの場所でお待ちしてます」

「やっぱりダメか…」

彼はフロントマネージャーの生田さん。
ハイスペックと言われ、男女問わず、全社員から一目置かれてる人だ。
何故だかその生田さんから、毎日待ち構えたかの様に声が掛かる。

私をからかって、なにが楽しいのか…?
解らない。

「生田マネージャー」

「ん?」

「何がそんなに楽しいんですか?」

「何がって?」

「私なんか誘っても、楽しく無いと思いますけど?」

「私が、楽しいか楽しく無いかは、私が決める事だよ?」

たしかに…
「・・・・・」

「解ってくれたなら、今晩…」

「お断りします!」

「やっぱりダメか…」

生田さんは肩を落とし、仕事へと戻って行った。

SAKURAグループの総帥も認めてると言われる程の人が、なぜ、私を気にかけるのか分からない。

以前私が居た系列ホテルでは、彼を王子様と呼ぶ人も居た。
見た目良く、人当たりも良い。その上優しくて仕事も出来るときてる。確かにモテない筈がないのだ。

噂によると、生田さんの入社した年は、本採用された人は少ないかわりに、優秀な人材ばかりだと聞いている。

「また、断ったの?」

後ろから駆け寄り声を掛けたのは、さっちゃんだった。

「あ、さっちゃんおはよう!」

彼女は、ハウスキーパーの伊之瀬沙知。
彼女もまた、他の系列ホテルから異動して来た一人だ。
異動して来た仲間の内でも、彼女とは一番気があう。

「一度くらい付き合ってあげれば良いのに?」

「嫌よ!
からかって、喜んでるだけだもん!」

「生田さんってそんな人かな?」

私もそんな人とは思ってない。
思ってないからこそ、付き合うのが怖い。
もし、私がその気になってから、父の様に他に好きな人が出来たと言われたら…

だったら…
何も知らず誰も愛さずに居れば、傷つくことはない。

「しかし、あの王子様を顎で使う人なんてあんただけだよ?」

私は、人差し指を口の前に立て辺りを見渡たす。

「顎で使うって…
人聞きの悪いこと言わないでよ?
誰かに聞かれたらどうするのよ!」

「本当の事じゃない?」

「違うってば!
私のためじゃ無くて、あの人も息抜きに行ってるの!」