まるで…
稀一郎さんと何かあったかの様に、恭子さんは二人の仲を匂わせる。
そんな彼女からの誘いを、私は…
どうしよう…?
彼女の誘いを…受ける?
それとも…このまま逃げ帰る?
誘いを受ければ、きっと、もっと傷つき
嫌な思いをするだけかもしれない。
これ以上二人の仲を知れば…
仕事もやり難くなるのかも知れない。
もしかしたら…
彼と別れるだけでなく、仕事も失う事になるかも…
それでも…
知りたい私がいる。
「どうせ今夜も生田さん遅いでしょう?」
「え? …あ、はい…多分…遅いと思いますけど…」
桜花崎さんは、グループ全の総指揮をとるに際し、書類上だけでなく、実際に現場へ出向き直に現場の声を拾う様にしてるらしい。
ホテル部門においても例外ではなく、全国にある系列ホテルにも出向いていて、先日も北海道から帰って来たと知らせる、稀一郎さんからのメールの数分後にはそのまま沖縄へ飛ぶとのメール連絡が入っていた。
彼が家に帰って来るのはいつも午前様。
帰って来ても、ただいまのキスをすると、そのまま自分の部屋に篭ってしまう。
もうここ数ヶ月、まともに話しすら出来てなくて、家庭内別居が続いていた。
そのうえ、恭子さんが結婚式の準備を進めてる様子もなく、時折、彼女から聞かされる私の知らない稀一郎さんとの話で、私は彼女と稀一郎さんとの仲を疑い始めていた。
そんな中、昨夜は2時過ぎに帰って来た稀一郎さんは、唯一のスキンシップである “ ただいま ” のキスもなく、私の顔も見る事なく「早くねろよ?」と一言を残しネクタイを緩めながら、そのまま自分の部屋に入って行ったのだ。
彼が疲れているのはわかっていても、私は耐えきれず “ 私達何のために結婚したの! ” と怒鳴り、彼の部屋の扉にスリッパをぶつけていた。
勿論、今朝も顔はあわせていない。
先程の彼女の話だと、これはもう疑う余地はない。
でも…
ここまで来ても信じたくない私がいる。
傷つきたくないと思ってるのに
それでも、ありのままを知りたい私がいる。
自分でもバカだと思う。
どんな結果であれ、このままでいるより恭子さんに直接聞いた方が良いと思っていたら、彼女は更に疑いを持たせる様な事ばかりを話して聞かせる。
「彼の背中、ホクロが並んで有るでしょ?」
「え?」
「3つキレイに並んで?」
確かに彼の背中には、ホクロがある。
オリオン座の真ん中に並ぶ星の様に、3つ並ぶホクロがある。
彼にオリオン座みたいだと言ったら、稀一郎さんは、以前も、同じ事を言われた事が有ると言っていた。
「オリオン座は、高齢の星と若い星のどちらも観察できる星座で、左上に明るく輝く星の名前は “ ベテルギウス ” で、明るく輝いてるから元気で若い星のようにみえるけど、もうすぐなくなってしまうのではないかと言われている高齢の星らしいよ?」と以前教えて貰ったと話してくれた事がある。
もしかして…
あれは…恭子さんに教えて貰ったの?
「ねぇ? もっと、彼の話聞きたくない?」
これ以上は聞きたくないと思っているのに、なぜか恭子さんに誘われるまま、ホテルのバーへ来ていた。
「真美さん飲めるんでしょ?」
「少しなら…あの…」
意を決して、ハッキリ思ってる事を聞こうと思ったが、恭子さんに遮られてしまった。