「こんな大きな船に乗るのも初めてです。なんだか迷ってしまいそう…」

「でしたら、僕から離れないでください」

握った手にぎゅっと力がこめられる。予想外の返しに、ただ顔を赤らめることしかできなくなる恵巳。こんな煌びやかな場所に来ても、拡樹の姿は負けることがない、とその横顔を眺めていた。

「景色も素敵なんですが、まずは食事にしましょうかね」

どことなくはしゃいでいるように見える拡樹。

船の装飾にばかり気を取られていた恵巳だが、良く見ると、参加している人たちの中にも豪華な装飾品に身を固めた人がいる。

談笑する男性たちが身を包んでいるのは高級ブランドのスーツ。
その横で微笑んでいる女性が小脇に抱えているのは、ゼロが軽く8桁はつくであろう高級バッグ。
窓際を見ると、執事を連れたお嬢様たちまでいる。

そんなセレブや高級品を前にしても、全く動じずにいる拡樹も、紛れもなくもそちら側の人間である。

婚約なんて突拍子もないことが起こらなければ、絶対に交わることのない2人。今でも、融資する側とされる側で、はっきりとした上下関係のもとに成り立っている。そんな身分の差を肌で感じ取っていた恵巳は、肩身の狭さを感じてしまっていた。