旅館は想像していたよりも、ずっと大きく、豪華絢爛な佇まいで待ち構えていた。位の高さに恐れながら、仲居に伝えられた部屋まで歩いていく。霞の間。それが父の予約した部屋だった。

「父さん、お母さん、お金ないって言ってるのにこんな…。

す、すいません、間違えました」

ふすまの向こうには、父も母もいなかった。ただ、実においしそうな和食が用意してあり、1人の若い男性が座っていた。

仲居が案内する部屋を間違たのか、それとも恵巳が部屋を聞き間違えたのか。何はともあれ、急いでふすまを閉めようとした。

「間違ってませんよ」

座っていた男性から、そんな声が飛んできて手を止めた。
知り合いだったろうかと、もう一度男の顔を確認する。一度見れば忘れることなどなさそうな整った顔立ち。その顔には、やはり見覚えがなかった。

「どういうことですか?」

「とりあえず、お座りください。小関恵巳さん」

手で向かいの席に促される。名前を知っているということは、本当に何か事情があって彼はここにいるらしいと考えた恵巳は、とりあえず座布団の上に正座をした。