こちらでもあちらでも真っ白な湯気が登っている。浴衣を着て歩く旅館客や、ガイドに連れられた観光客。

年中人が行き交っているここは、有名な温泉街だ。歴史ある建築物が建ち並び、日常から離れた癒しの時間で人々を温かく出迎える。

結局、拡樹に連れられて温泉旅行に来ていた恵巳だが、なぜか不機嫌そうに腕を組んで溜息をついていた。

「待って、聞いてない…。
拡樹さん、これはどういうことでしょう」

静かに疑問を呈した恵巳に、両手で大事そうに荷物を抱えた拡樹は、修学旅行生のように満面の笑みで答えた。

「せっかくなら、大勢の方が楽しいかと思いまして」

そんな拡樹の隣で、土産物屋と旅館にはしゃいで見せるのは、本気で楽しむつもりで来ている恵巳の両親。

「いやー、素敵なところね。新婚旅行で来て以来じゃない?」

「仕事ばっかりしてきたから、なかなか旅行もできなかったんだよな。拡樹君に感謝しないと」

いたるところで登る湯けむりを見て、すでに何度もシャッターをきっている2人。そんな両親を横目に、恵巳は再度拡樹を見ると、いつものように優しく微笑んでいた。

両親が近くにいることを喜ぶべきなのか、両親が来ることを知らされていなかったことを怒るべきなのか、感情をどう振っていいのかを悩まされていた。