恵巳の知らない所で拡樹との話が勝手に進んでいくのは今に始まったことではなかったが、今回はさすがにアウトだった。

父が受けた拡樹からの申し出は、一泊二日の温泉旅行。若い男女が2人きりで宿泊。しかも形式上は婚約者の2人。間違いが起こったとしてもなんら不思議ではない。

そして、紳士的なように見えて実は何を考えているのかわからない拡樹。温泉旅行なんか承諾して、無事で帰って来られる自信がなかった。

「まだ婚約だって納得したわけじゃないんだからね」

恵巳に怒鳴られると、またひょこんと背中に隠れて出て来ない。そんな父に怒りは頂点に達した。

「もう一生そこから出てくるなー!」

父にそう吐き捨てると、うっぷんを晴らすように、足音を鳴らしながら階段を上がっていった。