自然と口角が上がっていることに気が付き、はっとして手でもとに戻す。周りに目をやるが、人っこ1人いない。誰にも見られていなかったようだと、ほっと胸をなでおろす。

そのまま、手をポケットに持って行き、取り出したのは1枚のメモ。そこには拡樹に関して集められた情報たちが書き込まれていた。見るからに嫌な人物像が思い浮かぶ情報。
集めた情報から想像していた人物像と、今さっきまで会って話した拡樹の印象は随分と違うものであった。

冷徹で血も涙もない男が、わざわざ1時間のために会いに来るだろうか。
いきなりテストで0点を取った過去を打ち明けるだろうか。
名前を呼ばれたくらいで、あんなにも無邪気な笑顔ができるだろうか。

そんな疑問が次から次に浮かんでいった。メモと自分の感覚、どちらを修正するべきなのか、その選択はそう難しいものではなかった。

「必要ないか」

メモをくしゃくしゃにして、ゴミ箱に捨てた。恵巳の中での拡樹は、冷徹で、厳しく自己中心的というイメージは拭い去られた。拡樹がどんな男なのか、今のところは、ただマイペースで真っすぐで温和、時々予想外の行動を起こす男となっていた。