お昼過ぎ、薄暗い展示ホールでぼんやりと和歌を眺め、思いを馳せる。黒い壁に白いライトで浮かび上がる和歌は、歴史の香りを漂わせる。

この時代の女性たちは、顔のわからない相手に恋心を抱き、愛が実ってから初めてどういう人間なのかを知っていくという恋愛をしていた。

外見も内面も知らないというのに、それでも心が動くというのは、きっと、和歌に込められた時間を汲み取るからだろう。

男性からの歌を見た女性は思う。この和歌を詠むために、あの人は私のことだけをどれだけ考えたのかしら、と。だからこそ、美しい歌に乙女は恋をし、恋をされた歌は麗しい。

「恵巳さん」

ん?和歌が喋った?
そんなことをバカげたことを反射的に思ってしまうほど、空想の世界に浸っていた。

「恵巳さん?
本当に和歌がお好きなんですね」

「あ、わ…、はい。宮園さん、なんでこんなところに…?」

和歌ではなく、後ろから声をかけてききた拡樹は、初めて会ったときのように優しく微笑んでいた。

どうしてここにいるのだろうと戸惑っている恵巳をよそに、少し空間をあけて隣に座る。

「今日は、約束を守れなくなってしまいました。すみません。
夜に会議が入ってしまって」

「それ、父との約束ですよね。私は断りましたよ。って、まさか、わざわざそれを言いに?」

恵巳は、改めて会う意思がなかったことを伝えた。なんだか嫌味っぽくなってしまったのを気にしたが、拡樹はめげていないようだった。