その時、トンネルの向こうで光が揺れた。
「恋の歌、ですか?」
声の主を捉えた恵巳は、はっと現実に引き戻され一歩下がり、フジの花から離した掌で涙をぬぐった。この場にいるはずのないその人物に、何度も瞬きをした。
「なんでいるんですか?だって今日高宮さんと…」
そう問いかけた相手は、今の今まで思い浮かべていた笑顔でこちらを見ていた。
「抜け出して来ました。恵巳さんとの約束を破ってまで、大人しく座っている理由がわからなかったので」
胸が張り裂けそうになるとは、まさにこのことだと思い、また一歩後ろに下がった。ぐっと握った拳を胸に当て、声を絞り出した。
「駄目です。こっちに来ないでください。
私、全部ここに置いて来ようと思って来たんです。あなたとの思い出を振り返るのも、最後にしようと思って」
心が騒ぎ出すのを抑えて、こちらに向かってくる拡樹を制止した。寂しそうに眉を下げる拡樹を見ていられなくなり、視線を泳がせる。
「そんなこと言わないでください」
恵巳の製紙など聞かず、一歩、また一歩とトンネルを進んでくる。
「恋の歌、ですか?」
声の主を捉えた恵巳は、はっと現実に引き戻され一歩下がり、フジの花から離した掌で涙をぬぐった。この場にいるはずのないその人物に、何度も瞬きをした。
「なんでいるんですか?だって今日高宮さんと…」
そう問いかけた相手は、今の今まで思い浮かべていた笑顔でこちらを見ていた。
「抜け出して来ました。恵巳さんとの約束を破ってまで、大人しく座っている理由がわからなかったので」
胸が張り裂けそうになるとは、まさにこのことだと思い、また一歩後ろに下がった。ぐっと握った拳を胸に当て、声を絞り出した。
「駄目です。こっちに来ないでください。
私、全部ここに置いて来ようと思って来たんです。あなたとの思い出を振り返るのも、最後にしようと思って」
心が騒ぎ出すのを抑えて、こちらに向かってくる拡樹を制止した。寂しそうに眉を下げる拡樹を見ていられなくなり、視線を泳がせる。
「そんなこと言わないでください」
恵巳の製紙など聞かず、一歩、また一歩とトンネルを進んでくる。


