詳細のわからない男は、黒髪と着こなしたスーツのバランスの良さから、気品を感じる。それに加えて、物腰柔らかそうなその態度と口調、そして優しい目元。怪しい人物には見えなかった。

「初めまして。日本歴史博物館で館長を務めております宮園拡樹と申します。

あなたと婚約させていただきます」

あまりに唐突な宣言に、頭が追い付かず、どういうことかと聞き返した。大きすぎる2つの情報に混乱していた。

ますは1つ目。
彼が日本歴史博物館の館長、宮園拡樹だということ。そしてそれは、彼が宮園泰造の息子だということを意味していた。

そして2つ目。
こちらの方が重要。

宮園拡樹は、自分のことを婚約者だと名乗っている。つまり、結婚を約束した2人ということだ。だが、恵巳にはそんな約束をした覚えなどなかった。

まったく状況の掴めない恵巳に、拡樹は鞄からある1枚の紙を取り出して広げて見せた。

「こちらを見てもらうと早いかと思います」

そこには契約書と書かれてあった。内容に目を通すと、宮園泰造から交流館に5000万円の融資を行う代わりに、恵巳を渡す、すなわち恵巳が泰造の息子と婚約関係を結ぶという約束が成立していた。

「はぁ!?」

目が点になり、契約書を持つ手が震える。

平安和歌交流館を閉鎖に追いやるきっかけをつくった泰造の息子であり、しかも日本歴史博物館の館長。そんな相手と婚約など、いくらなんでもひどすぎる話だった。