「何言ってるの」


あ、やばい、と思ったときにはもう遅い。自分の声が震えているのは自分が一番よくわかる。ハヅキだってきっとわかっただろう。

手に汗が滲んだのは、店内が蒸し暑いせいだけじゃない。


「今日食堂入ったとき、せんぱいを見つけて、その隣にあった後ろ姿に見覚えがあった」

「見覚えって……」

「せんぱいの絵がすきだから、わかるよ」


誰にもそんなこと、言われたことなかったのに。

―――去年の美大祭、最優秀作品。

なんてことのない絵だ。顔の見えない髪の長い女の子の後ろ姿と、それを彩るマリーゴールドの花たち。こちらを振り向こうとするあの子を窓枠の中に捉えて、周りにそっと花を添えた。ただそれだけだ。自分であの絵をきれいだと表現したことは一度だってない。

けれどもその絵は想像以上に評価を得た。

何がよかったのか、褒められる理由は何なのか、どうして周りが私のことを天才だと囃し立て始めたのか、何もわからないまま時は過ぎていって。私だけぽつりと取り残されたみたいだった。

あの絵の中の、あの女の子だけが、また光を浴びてひとりで旅立っていった。そんな感覚だ。


「せんぱいのさ、苦しさみたいなものがぜんぶ、あの絵に描かれてたから。今日、泣いてるっておもったのかもしれない」


よくわからないよ。でも何故だかとても泣きたい気分だ。

いつもはそんなことないのに、妹の話をされると、ひどく情緒が揺れる。

きっと、私が妹のユズキに対して持っている感情なんてハヅキにはすべてお見通しなんだろう。それでいて、私のことを食堂から連れ出してくれたんだろう。

息が苦しくなったり、胸の奥が締め付けられたり、時々ひどく泣きそうになる。何かをされたわけじゃないのに。ユズキは何も悪くないのに。どうして私だけがこんな風に感じてしまうのか、明確な答えがなくていつも苦しい。

だってあの子は、いつだってわたしよりずっとずっと、きらきらした世界を生きているのだ。