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「ハヅキー、入るよー」
コンコン、とノックをしてから。勢いよくアトリエの扉を開けた。
と、そこにはソファに横になって眠るハヅキの姿があった。
おそるおそる、ゆっくりと近づく。
すやすやと眠るハヅキは起きる気配がない。きっと、今朝まで毎日徹夜で作品づくりをしていたんだろう。やっと眠れる喜びに、ソファに横になってそのまま爆睡してしまっているに違いない。
それにしても、本当に綺麗な顔。
そっと、気づかれないようにハヅキの前髪をふわりと触る。窓からは夕方のオレンジと優しい空気が流れ込んで、カーテンがそよそよと揺れている。
「……せんぱい」
ふと。揺れるカーテンに目をとられていた隙に。
そっと目線を戻すと、ハヅキがうっすらと目を開けていた。
「おはよ」
「いきなり来ないでくださいよ」
「拗ねてるかなって思って」
「……ごめんなさい、間に合わなくて」
「わざとでしょ」
「わざとというか、納得するまで描いてたら、いつの間にか、」
どうせそんなことだろうと思った。まあ、そこもハヅキらしいけれど。
ぐっと手を伸ばして起き上がる。背伸びをして首を伸ばすと、ふあっとひとつ欠伸をした。猫みたいなやつ。
「イズミせんぱいですか、今年も」
「ん?」
「最優秀賞」
「ああ、うん、誰かさんが提出し損ねるからね」
「僕が出していたとしても、せんぱいには敵わないよ」
「それはどうだか。で、出来てるの? 絵は」
「そう、ちょうどね、仕上げて、やっと終わったーってソファに横になったら寝ちゃったんです」
「はは、きっとそうだと思ってたよ」
ハヅキの目線の先。
布が被せられたイーゼル。本当は、ここに入ってくる前から気づいていた。ハヅキのアトリエで嗅ぐことのない絵の具の匂いも、散らばった筆たちも。