「…」


ふと目についたのは社の前に置かれた花瓶

最初からここにあったもの


不思議なことにこの花瓶だけは
それほど汚れても、状態が悪くなってもいなかった

荒れ果てたこの場所で

ぼろぼろの社を差し置いて

まるで誰かがずっと
それだけは大切に扱っていたかのような…



「そんなに汚れてないけど、一応拭いておこうかな」


花瓶をそっと手に取って
取り出したハンカチで丁寧に拭いていく


陶器製の花瓶


……榊の瞳とよく似た色をしてる



側面を拭き終わり、底面をと
くるりとひっくり返して



固まる




『一正(かずまさ)』



その文字を見た瞬間、心臓の鼓動が速くなる

どくんどくんと

耳から心臓が出るんじゃないかって位に
その音がうるさく鳴り響いて

衝撃や動揺が全身に広がって

一瞬、呼吸をすることさえ忘れた




見覚えのある名前



底面に刻まれていたそれに





ようやく私は思い出す




きつく蓋をしていた過去の記憶を