「そう。癖」


「例えば…
苛立ってたり、機嫌が悪いときは
右手で絵を描いてる」



……そういえば、ひさとさん


両利きだって言っていた

ただ普段使っていたのは左で


絵を描く時だけ
右手と左手、どっちも使ってた

大体は左だけど
何回か右で描いてる時があった


……思い返せば確かに
その日はいつもより空気がぴりぴりしてた気がする

私が話しかけたり近くにいくと
すぐに空気は和らぐから
深く気に留めてなかったけど


「喜んでる時とか、機嫌が良い時は
左耳のピアスを触ったり、いじってる」



…………喜んでる、時……

……
………
…………。………記憶違いじゃないなら…


確か、ひさとさん……毎回……



「……ね?
きっと毎回、食事の時に触ってるでしょ?」


黙りこんだ私
思ったことが矢那さんには筒抜けのようで
にっこりと笑顔を向けられる


「……。………はい」


食べる前、食べた後

タイミングは毎回違うけど

ひさとさんはピアスをいじってた


留め具が緩みがちか
その位置を気にしてるのかと思ってた


「いろはちゃん
いろはちゃんは自分が思っているよりもずっと
ひさとの支えになってるのよ」

「……私が?」

「………あなたはひさとに救われたって言っていたけど、救われていたのはむしろー……」



「ただいま」



その矢那さんの言葉は遮られた

帰ってきたひさとさんの一言に



「いろは、いらっしゃい」

「お、おかえりなさい
お邪魔してます」

「ひさと、今日はビーフシチューだそうよ」

「そう」


ひさとさんは無表情でそっけなく
矢那さんにそう返してソファーに座った


でも



「…」



……その手は左耳のピアスに触れていた



「ほらね」


その姿をじっと見つめていた私に
小声でそう耳打ちして
いたずらっぽく笑う矢那さん



……。

…………こそばゆくて



でも


…………嬉しくて



私は熱くなった顔を隠すように押さえながら



その下で小さく笑った