朝、教室のドアを開けると、智と目があった。

私は目をそらす。
私は智の横を通り過ぎて、自分の席に座った。

本当は、智と話したい。
そんなことを考えながら、私は自分の席から晴れた空を見ていた。

智は、私の幼馴染。
幼稚園も小学校も同じで、家も3つ隣。
だけど、私はずっと、智が苦手だった。
智の冷たい感じも、無表情なところも。

でも、智が冷たくなんてなかった。
小学4年生のある日の帰り道。
朝は晴れていたのに、帰り道は雨が降り出した。
傘を持っていなかった私が、玄関で雨が弱まるのを待っていると、後ろから来た智が言った。
「帰るぞ、彩。」
智は相変わらず無表情だったけど、何も言わずに私を自分の傘に入れてくれた。

それから智は、私にとって特別な人となった。

授業が終わり、私は先生に仕事を頼まれた。
「彩、帰らないのー?」
「沙月、先帰ってていいよ。私、これやらないといけないから。」
沙月は先に帰ったので、私は1人で仕事を終わらせた。

先生に提出して、生徒玄関に出ると雨が降っていた。
今朝、晴れてたのに。
私は雨が弱まるのを待っていた。

10分ほど経過したが、一向に弱まる気配のない雨にため息をついた、そのとき。
後ろから、声が聞こえた。
「彩、帰るぞ。」
私が振り向くと、智が傘を持って立っていた。
「傘、ないんだろ?今日はずっと雨降りづけるけど。」
「じゃあ…」
私は智の開いた傘に入った。

狭い傘の下で、私たちの肩が時々ぶつかる。
私の鼓動も、いつもより10倍ぐらい速いんじゃないかと思うぐらい、速かった。
ふと、狭い傘のはずなのに、私も、私の荷物も濡れていないことに気がついた。
私が上を見上げると、傘が私の方に大きく傾いている。
「智、濡れるでしょ。傘、まっすぐ持ちなよ。」
「いや、いいんだ、俺は。入っとけ。」
智が横を向いて言う。
でも、ちらっと見えた顔が少し赤かった気がした。
いつもと同じ通学路が、少し短く感じた。

「私の家、だから。」
私は智の傘から出る。
でも、ここまで入れてもらって何もしないのもダメな気がした。
「智!」
歩いていこうとする智を私は呼び止めた。
「今、家の人いないんでしょう?少し家、寄っていきなよ。」
智のご両親は、共働きだったはずだ。
「じゃあ…」
私の言葉に、智は素直に応じてくれた。

「ただいま。」
「お邪魔します…」
とはいえ、今はお母さんが出かけていていないはずだ。
「お母さんいないし、そこでちょっと待ってて。」

私があったかいお茶を入れて戻ると、智が鞄の中を出していた。
智は私を見た瞬間、焦って何かを隠した。
「…何、隠したの?」
私はお茶を置いて、智の方に近寄る。
「折り畳み傘…?」
智の手からは、折り畳み傘が見えていた。
「それ、私に貸してくれたらよかったんじゃ…」
私が言うと、智が私から視線を逸らして言った。
「彩と、帰りたかったから。」
「…ありがとう。」
私は今、真っ赤になっていると思う。

また、雨の日は…
傘を忘れてみようかな、なんてね。