一限の数学が始まってすぐ、すとんと隣の席に大賀君が座った。


「こら大賀―、遅刻だぞ」


「すいません」


こんな時はいつも、何やってたんだよ大賀、なんてクラスメイトが冗談げにつつくのに、今日はない。


あるのは、気まずいほどに重ったるい空気だけ。


「おいおいどうした?七組暗いぞ?」


大賀君がクラスに与える影響っていうのは、本当に大きいんだ……。

……とりあえず、板書を書き写す。



「iは虚数と言って、虚数には実体がないんです。“大きさ”というものがiにはないわけです。愛は大きさでははかれないっていうことですねぇー」


ツッコんでほしそうに、先生は大賀君や、その友達を見て言っているのに、誰一人何も言わない。


「せんせぇー、さむすぎー」と西田さんが空気を読んだくらい。


彼女のおかげで幾分か教室の緊張感が和らいだ気がする。


すると、大賀君の方から、ピンと何かが飛ばされてきた。


……なに?


小さく折りたたまれた紙が、私の手元に落ちている。


大賀君をみても、板書を書き写しているだけ……。


紙を拾って、指先でそっと開く。


流れるように書かれた綺麗な文字。


字まで好きだなって思ってしまうんだから、本当にばかみたい。



“朝はごめん。無視したわけじゃなくて、顔見られたくなかった”


……無視じゃなかった……。
ほっと溜息が出た。


そういえば、栞ちゃんが“大賀君も目が腫れていた”って言ってたっけ。


手元のノートをちぎる。


“大丈夫?”って言われても、大丈夫って答えるに決まってるよね。


そう思ったから消しゴムで強く消した。


“私にできることがあったら言ってね”


優ちゃんのこと、もう一人ぼっちで抱えてほしくないって。


そう思うのは図々しいって思ったけど、小さく折った。



先生は黒板を向いている。
今のうちに。そっと手渡した。



「……ありがと」


今度は声が聞こえて、私は小さく頷いた。