その日は暦上ではとっくに春となっているのにも関わらず一段と冷え込んだ夜だった。
俺は今までに感じたことのない程の激痛で目を覚ました。

ッ….痛ってぇ…
これは…マジで…ヤバい…か…も…

それはまるで全身の骨を直接ハンマーで殴打されるような激痛を発し、俺の鼓膜へ"ミシミシ"という家が軋むかのような心地の悪い音を伝え続けている。
そして頭皮が焼けるように痛い…
心臓はその鼓動をどんどん加速させ、鼓動の度に胸が破裂しているかのようだ。
そして頭のてっぺんから足のつま先まで全ての神経が痺れにも似たチリチリとした激痛を脳へと伝達し続けている。

そんな激痛の中、俺は初めて"死"を悟った。

くそ…くそ…くそぉ…きっとこれも俺の持病のせいなんだ…どんな病気かも分からないまま殺されてたまるかよ…負けるもんか。
なんて想いもすぐに消えて、対照的な想いが浮かび上がる。
痛い…熱い…悔しい…凄く怖い。

あぁ…なんかやり残した事が沢山ある気がする。

そして次の瞬間、走馬灯のように過去の記憶が突風の如く脳裏に浮かんでは消えて行く。

莉結…

1人にさせてごめんな…
いや…1人になっちまうのは俺の方か…

ほんと…ごめんな….

そして部屋の照明を消すかように、俺の意識は"パチッ"と音を立てて漆黒の闇へと消えていったのだった。

その時の…身体の中から全ての物質が抜け出してしまう様な、ただ"寒気"と呼ぶには余りにも絶望的な感覚は、俺が想像していた"死"というものがどれだけ楽観的なモノだったのかを思い知らせた。




鳥の囀りが聞こえる…
そして重い瞼をそっと開くと眩しい日差しが俺の目を細くさせた。
あれ…俺、生きてるのか…?
ぼうっとする頭のまま、見慣れた天井を見つめながら考えた。
あれは…ただの夢?
いや、あの痛みは夢なんかじゃなかった筈だ。
そう思い、少し身体を起こそうとしたが、ズキンと全身に痛みが走った。
痛っっ…胸が苦しい。
そして顔に不快な何かが纏わり付いている。
顔の"何か"を取り除こうとするも、また全身にズキンと痛みが走り、少しでも動く事さえままならない。
俺はひとまず落ち着こうと、深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出していく。
そこで俺は何故か息苦しさとは少し違うような違和感を覚えた。
先程の顔に纏わり付いた"不快なモノ"を払う為、俺は歯を食いしばると、全身に雷が走る様な酷い痛みをこらえつつも顔に手を伸ばした。
ん…?
痛みの中に馴染みのある感触が伝わる。
こ…これは…髪…の毛?って…
その瞬間、無残にも抜け落ちた髪の毛と、禿げ散らかしてしまった俺の姿が頭に浮かんだ…
嗚呼、無情過ぎる…
俺はこの歳にして大人への階段を駆け上がるどころか不幸…いや不毛地帯へと続くエレベーターに飛び乗ってしまっていたのだ

その時…"ちーん"という清々しい音と共にエレベーターの扉が開いた。
"いらっしゃいませ"
爽やかな中年男性の声が頭の中に響く。
いらっしゃいましたよ…いらっしゃっちゃいましたよ…
そして突然に、そんな不の妄想をかき消す様に、現実的な事が頭に浮かんだ。
いや、そんな事よりも、カツラとか買わなきゃ…俺、お洒落とかあんま気にした事無かったから帽子の類は持ってないし、それって下着も履かずに世間をうろつくようなもの…
とりあえずは抜け落ちた髪の毛をかき集めて臨時のカツラでも作製しないと…
そして俺は泣きたい気持ちを必死に抑え、痛みを堪えながらも無残に抜け落ちた髪達を掴みあげた。
その時だった…
痛っ!!って、えっ?!
まさか…
は…はーえーてーるーっ!!
俺は歓喜した。
抜け落ちた髪とばかり思っていたが、
ちゃんと毛根達は、その夢と希望と共に頭皮にしがみついてくれていたのだ。
しかしそこで一つ疑問が浮かぶ。
って….俺、こんな髪の毛長かったっけ…
歓喜したのも束の間、ただならない恐怖に包まれた俺は痛みを忘れ、すぐに立ち上がったのだが…
あれっ?!
何故か足を踏み外した。身体の感覚がおかしい…まるで自分の身体ではないみたいだ。
いや…そんな事より俺の髪…
そして洗面台の前へと走った俺は呆然と立ち尽くした。
え、誰っ…?
そこには見たこともない人物がぽかんと口を開けたままこちらを見つめていた。
俺はその人物を上から下へとゆっくりと凝視する。
…肩よりも下へ長く伸びた髪の毛。
それに小柄な身体に細い手足…
そして、その身体についた遠慮がちに膨らんだ胸。
うん、まぁ顔は…一般的にかなり可愛い分類か。
まぁいい、もう一度寝よう。
…じゃねーよ!!
コレ誰だよ?!
…俺か?!
いやいやいやっ…違う、俺は男だ!!
この鏡に映るのは明らかに女だ!!
女…
俺はゆっくりと胸に手を伸ばすと、その遠慮がちに膨らんだモノを二、三回握ってみる。
…噂に聞いた通りマシュマロみたいだ…
…じゃねーよ!!
そしてその時、俺は気付いてはいけない事に気付いてしまった。
まさか…有るよね…?
俺はゆっくりと深呼吸をすると、恐る恐る下の方に手を伸ばしてみる。
スルッ…
え…そんな訳…
スルッ…
…嘘だ。
スルッ…
嘘だろ…

「ウソだぁーーーーーッ!!!!!!」

えっ?!なんか声高ぇー…

そしてこの日から俺の"性転した人生"が幕を開けたのだった…。