「私も……お母さんの形見のレシピ本が盗まれちゃったら、たぶんこの子と同じことをしたと思う。だって、死んじゃったらお母さんにはもう会えないんだよ?」
確かに自分の迂闊な行動が招いた結果かもしれないけれど、だからと言って『戻ってこなくても自分が悪いから仕方ない』だなんて気持ちは割り切れない。
「あのレシピ本に触わってるとね、お母さんがまだそばにいてくれているような気がする。もう、その形見でしかお母さんの存在を感じられないのに、自業自得だからしょうがないって簡単には諦められないと思う」
「その感覚は孤児院育ちの僕には理解できませんね。生き抜くためには大人たちに気に入られる必要がありましたので、媚びを売ったり不利な状況に陥らないよう立ち回ったり、常に頭を働かせてきましたから」
さらりとこぼされたオリヴィエの言葉に、私は耳を疑った。
孤児……? そんな生い立ちを感じさせないほど、私の目にはオリヴィエが自信に満ち溢れていて、強い人のように見えていた。
「だから僕には自業自得だな、以外の感情がわいてこないんです。肉親に対する愛情にどれほどの価値があるのか、僕にはわかりません」
私だけでなくエドガーやバルドさんも口を挟めないまま、オリヴィエの話に耳を傾けていた。
さっきは男の子を見捨てようとしたオリヴィエをひどいと思ってしまったけれど、そもそも彼には頼るという選択が人生の中に存在しなかったのだ。
だから、自分の危機管理不足で起きた問題を平然と他人を頼って解決しようとする男の子を都合がいいと思うのかもしれない。
オリヴィエの考えが少しだけ理解できた私は、静かに立ち上がる。


