-結衣side

「ホントにいる…」


物陰に隠れ、顔を少しだけ出しながら相手の様子を見る。

栗栖先輩は事務所の日となにやら難しそうな話をしている様子。

ここは事務所の人ならだれでも使える共有スペース。

ちらほら先輩方もいるし、事務所で働いている人もいる。

日本にある芸能事務所でトップクラスを誇る大きさとトップタレント排出率の事務所。

その割にはのんびりした雰囲気の中、私は先輩にいつ話しかけようと悩んでいた。


「あれ、小暮ちゃん?」

「ひゃいっ!…あ、日暮先輩」


明るい茶髪のこの先輩は日暮先輩。

私が受けたオーディションの特別審査員で、名字が似ていると意味の分からないことを初対面にいってきたせいでか私は少し苦手だ。

ちなみに日暮先輩は栗栖先輩とコンビを組んでおり、日本で知らないものはいない超有名アイドルだ。

さらに栗栖先輩は演技、日暮先輩はモデルに力を入れているためここ数年、メディアで見ない日はない。


「変わった驚き方~、んで何してんの?」

「…日暮先輩には関係のないことです」

「相変わらず冷たいなぁ。」


シュン、なんて感じてもいないであろう気持ちを言葉に表した。

雑誌に載っている顔とはだいぶ違う。

ファンが見たらどう思うだろう。

…ギャップ、とか言って頬を赤く染めるんだろう。

恋は盲目とはよく言ったものだ。

少なからずファンの中には本気で恋、通称ガチ恋をしている子もいる。

まぁ、迷惑をかけなければ全然いいんだけど、行き過ぎた恋は害を与えることもある。

芸能界にいる人間として仕方のないことなのかもしれないが。


「で、本当に何してんの?ん?何もってるの?」

「あ、ちょっと!」


数学発表会の紙をひょいっと取られてしまった。

高く持ち上げられたそれは私がいくらジャンプをしても届かない。


「これって、涼太が言ってる学校のやつじゃん。去年涼太も出てたよな」

「…そうなん、ですか」


知っているくせになんとなく恥ずかしくなって知らないふりをした。

しかしそれは日暮先輩にはお見通しのようで。


「ははーん、涼太にアドバイスを聞きたいけど話しかけられないっていうやつ?」

「んなっ」

「恋する乙女は大変だねぇ」

「こっ…そんなんじゃありません!恋なんかじゃなくて、憧れ…っていうかその」


言葉がうまく出てこない。

恋、そんな簡単なものなんかじゃない。


「栗栖先輩は…すごいんです」

「ふぅん…」


先ほどとは打って変わってニコニコと楽しそうに話をしている栗栖先輩。

いつかあぁなりたい、栗栖先輩という目標がいるから私はここに居続けられているのだと思う。