-結衣side

「一か月後の発表会までには仕上げてくださいね」


悪魔のような先生の言葉に肩を落とした一時間目後の休み時間。

今は帰りのHR。

朝よりも減った生徒数。

私の前の席も空席になった。

下校時刻を知らせるチャイムとともにガラガラと扉を開けて出で行く生徒たち。

その波にのるように教室を出て外にいるマネージャーの車に乗った。



「おかえり」

「ただいま、満さん」


私のマネージャの“佐倉満”さん。

White Cherryの新人さんで初めての担当タレントが私らしい。

まだ二十代で絶賛恋人募集中なのだとか。

お兄さん顔のさわやか男子、って感じな顔立ちで真面目で一途。

ただ真面目過ぎるため融通は聞かない。

でも、それを除けばなかなかいない優良物件だと思う。


「人間顔じゃない、かぁ」

「ん?」

「あ、いえ」


バックミラーからこちらを見た満さんに首を振る。


「今日の仕事は今度ゲスト出演するバラエティ番組の打ち合わせと雑誌の取材だよ」

「了解です!」


晩御飯までには帰れるかな、なんて考えながらイヤホンを取り出すためカバンの中をあさる。

その時ぺらりと落ちた一枚の紙。


「あぁ、忘れてた…」


数学発表会の説明の紙。

作文用紙2枚から3枚、今までに学んだ数学を使って、こんなことができるのだはないか、こういう風にも使える…なんてことを書かなくてはならない。

作文に関しては任せて、というほど得意。


「あれ、それって数学発表会の紙?まさか結衣ちゃん選ばれたの?」

「そのまさかです…。どうしましょう、私作文は得意ですけど数学は…。」

「あはは、結衣ちゃんは文系だからね。うーん、こういうのは経験者に聞くのが一番だと思うんだ。」

「経験者、ですか…」


去年の代表者は海外ロケとか言って数学発表会の日まで帰国しないと聞いている。

そうなると先輩しかいないのだが。


「去年は涼太君でしたよ。」

「あぁ、そうでした!」


去年、二年生の代表は栗栖先輩だった。

壇上に上がるだけでざわっとした会場に驚いた覚えがある。

業界仲間でさえもこんなに笑顔にできる先輩と同じ事務所ということが誇らしかった。


「涼太君、明日の放課後事務所来るって言ってたよ。明日は仕事お休みなんだし、事務所いってみたらどう?」

「…考えておきます」


同じ事務所とはいえ、仕事で共演したことも、事務所ですれ違ったことさえもない。

ほぼ初対面の先輩にそんな図々しいお願いをしてもいいものなのだろうかと頭を抱えた。

さらに私の憧れの人だ。

緊張してうまくしゃべれないことが目に見えている。

おかしな後輩、なんて思われたらもう2度と話しかけられなくなってしまう。

でも理数系が壊滅的に駄目な私としては経験者の話を聞たい。

反する2つの気持ちと格闘しながら仕事に向かった。