【坂口玲奈side】


「本当に大丈夫?」

雪は眉を下げて机に両手を置き、心配そうに私の顔を見つめる。

「当たり前でしょ。別に心配しなくてもいいわよ。貴方たちは早く自分のクラスに帰りなさい」

私は冷徹にそう述べた。
どうにも雪と若菜は心配性のようだ。
 
「でも玲奈ちゃん、ボッチじゃ寂しいでしょ?」

「あっ! 若菜ったらもっとオブラートに包んであげないと」

雪が若菜へとそう注意する。若菜はハッとして手で自身の口を押さえた。

「別にボッチじゃ無いわよ。敢えて一人で居るのよ。孤独と孤高は似て非なるものよ」

「……そだね。じゃあチャイム鳴るし行こっか若菜」


二人はそのまま自身の教室へと戻って行った。

孤独とはひとりぼっち。孤高とはただ一人高い境地でいる美学。そう、これは私なりの美学なのである。

中学時代の失敗は繰り返さない。中学三年生の頃、クラスの違う二人は休み時間の度に私の元へと訪れていた。

その為、二人は自分のクラスに馴染めなかったのだ。

高校入学という契機。何事も最初が肝心である。まずは各々がクラスに馴染める事を優先する。

現時点で彼女たちはどうにかクラスで上手くやっており、逆に私が心配されてる状況だ。


教室を見渡すと、既にグループが形成されている。私はスタートダッシュに出遅れてしまったようだ。

「チース! ねえー、玲奈ちゃんコレ見てよコレ!」

ノスタルジーな感傷に浸っていると、隣のクラスである宮橋雫が話しかけてきた。

彼女は実に間抜け面をしている。

「何よそれ?」

「えっ……っ! やっぱり気になるよね?」

「貴方が見せつけてきたんでしょうが!」

「実は……」

彼女はニタニタとした顔で勿体ぶる。

手には安っぽいハート型の赤いコンパクトミラーが握られている。

「もう休み時間終わるわよ。早く言いなさいよ」

「実はコレ、蓮からのプレゼントなの。誕生日プレゼントに貰ったの」

「……で?」

「でって、玲奈ちゃん反応薄すぎ。もっとあるでしょ。羨ましいとかそう言う嫉妬的気持ち」

「そんな安っぽいもので喜べるお猿さんの思考が羨ましくは感じるわね。私ならそんな安物貰ったらショックで寝込むわよ」

宮橋雫は友達では無い。

しかし、臨時同盟の一件以来、実に馴れ馴れしくしてくる。これだけ嫌味を言えば近づいてこなくなるだろう。

「それでさー、プレゼント貰った時の話なんだけど……」

「相変わらずハートが強い子ね!」

彼女がめげずに話の続きを語ろうとした時、本鈴がなり自分のクラスへとそそくさと戻って行った。






四限目の授業が始まると、左手の席の子がソワソワとしている。眼鏡の地味っ子は教科書を忘れた様子だ。

私の見立てでは彼女は、二組の地味グループ準レギュラー枠。レギュラーでは無いが、ぼっちでも無い。
 
「教科書忘れたなら、見せてあげるから机寄せなさい」

親切心からそう声をかけた。
決してグループに入れて貰うなどの下心は無い。

彼女は少し戸惑った表情を浮かべた。

「だ、大丈夫だから! 隣の人に見せて貰うから、坂口さんは気にしないで」

彼女はそう言うと、逆となりの女子に声をかけ、そちらへと机を寄せたのだ。
 
 


昼休みとなり、私は隣の地味っ子に問い掛けた。

「ねー、ちょっといいかしら?」

「えっ……うん」

「あなた何故、逆となりの人を頼ったの? 貴方からしたら私も隣よね」

「ご、ごめんなさい!」

「謝らなくてもいいわよ。別に怒ってるわけじゃないの。只、率直な意見を訊きたいだけよ」

「……何て言っていいか、坂口さんと私はじゃ全然タイプが違うし、ちょっと怖いって言うか」

「なるほどね」

「あっ、でも気分悪くしたなら本当に謝るから」

「別に気分を害した訳じゃ無いわ」

「それなら良かった。じゃあもう行くね」

彼女はそう言って、ランチボックスを鞄から取り出し、地味グループの元へと駆けて行ったのだ。
 
「怖い……か」

私の攻撃目標は宮橋雫だけだ。それでも当の本人は怖がる様子を見せない。

それなのに何もしていないクラスメイトから怖がれているとは目から鱗だ。

私は持参したサンドイッチとアイスココア入りのタンブラーを机の上に用意する。

入学してから一ヶ月。一人で昼食を食べるのも慣れてきた自分を少し分析する必要がありそうだ。