風が吹き、その後ろ姿を花びらが覆う。

私はもう一度桜を見上げる。

木のすぐそばに立って上を見ると、視界はすべて薄桃色一色だ。風がやさしく花びらを私の体に遊ばせる。口を開けると飛び込んできそうだ。ゆかいな気持ちになり、くすくすとひとりで笑った。

ふと、他人の視線を首筋に感じた。

振り向くと、真っ白なワンピースを着た少女が桜花の向こうに立っていた。

夢だと思った。

桜のことを忘れるほどの、整った美貌。

透き通るほど白い笑顔が真っ直ぐにこちらを見ていた。

その瞳に吸い込まれ、私は息をするのも忘れて立ちつくした。

その顔がこくり、と傾いた。それでも私はそのまましばらく彼女に見とれ続け― ようやく、私に会釈をしたのだと気が付いた。

反射的に思わず目をそらしてしまった。ばつが悪い。

が、挨拶をされてそれを返さないのは失礼だ。すぐに顔を上げるが、そこにはもはやだれの姿も無く、どこまでも花吹雪が舞うばかりだった。