「りっぱなもんでしょう。この村唯一の自慢ですけぇ。昔、東京から来んさったえらい先生も、これほど大きな桜の木は見たことがないと驚かれていましたよ」

「これは…すごいなんてもんじゃないですね。まったく信じられない。いったい、どのくらいの樹齢のものなんでしょう。でも、せっかくこんなにりっぱな桜なのに、もっと村の名物として宣伝しないんですか。これだったら充分観光の名所になるでしょう」

「いやあ、わしらはあんまり賑やかなのは好かんですけぇ。幸いここは、気候がよくって農作物が豊富なもんで、町役場も財政にはこまっとらんようですし」

「なるほど。たしかに、あまり人が集まってしまうと、この桜のためにも良くないかもしれないですね。いい人ばかりじゃないですし」

「へえ。じゃわしは先に帰っちょりますけん。夕飯の支度もありますし。宿への道は大丈夫ですか」

「ああ、ありがとうございます。わかると思いますよ」

「では、お先に」

ぺこりと頭を下げ、宿の主はとばりの落ちかけた道を戻っていった。