ジャラジャラと古びた鉄がこすれあう耳障る音が響く。
闇に包まれて、あたりが何もないかのように視界を奪われている。
感じられるのはこの金属の音と手首や首にかかる鈍い重み。
口が、喉が、渇いてきた。
ヒュウッと喉がなる。
その瞬間足音が聞こえた。
自分は足を動かしてはいない。
彼だ。彼がきた…!
ピクッと体が震えた。どんどん近くに寄ってくる音に耳をすませる。
ギィッと扉がなった。
「奈奈、僕だよ」
ゆ、ユキ、雪さ、んだ。
見えない闇の中で顔を動かす。
雪は近くにいたのか、そっと手で顔を包みこまれる。
「ゆ、ユき、さん…」
水分が足りないのか少し掠れた声が出る。
「奈奈、前にも言っただろ?雪さんじゃなくて、"ゆき"って。
昔は雪兄さんって呼んでくれてたのにいつの間にか、さん付けで他人行儀になってしまって」
少し怒ったような拗ねたような声で、奈奈の耳にかかった髪を撫で上げる。
「ごめ、ん、なさぃ…ゆき….…」
「うん。いいよ。早く慣れてね、奈奈…」
髪に触れていた左手がそっと頬をなで、その手の親指で下唇をゆっくりとなぞる。
右手もそっともう片方の頬に添えると、雪の唇が親指の跡を触れた。
柔らかい感触が伝わってくる。
優しく触れ合うようなキス。
そっと口を離すのかと思えば角度を変え、さらに深く口付けられた。形の良い唇を体で感じる。
ほうっとため息をつくかのような、優しい甘い囁きが奈奈の耳をかすめた。
「奈奈、愛しているよ。
君がずっとここを愛したように。僕もずっと君をこの場所で愛すよ」
この古く佇むお屋敷は様々な人の想いを受けて時代を歩いてきた。
特に百合の部屋は、代々、愛を永遠にする部屋とも呼ばれ、このように愛する人をずっと"そばに"感じられる場所であった。
僕がずっとこのお屋敷から外へ出て行くことができないのも、先祖から受け継がれるように奈奈を百合の部屋へ閉じ込めたのも、きっとこの屋敷への愛しさや呪いによるものなのだろう。
僕は1人の少女の体と屋敷を愛おしく抱きしめた。
「ゆき…?」
スルッと何か解ける音がした。
奈奈は視界がひらけていくのと同時に、楔の重さに涙がこぼれた。