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 ヘイスターがデュドネ少将率いるリーム王国軍を破ってから五日がたった。
 町は徐々に落ち着きを取り戻している。
 皇都への報告にはマインラートさんに行ってもらった。馬を使ってもらったから、彼はもう町に戻ってきた。
 しかしジェイは目を覚ましていない。
 傷はふさがり、呼吸も落ち着いているので、一見すればただ寝ているだけのようだ。
 でも朝になっても目覚めなければ、爽やかな笑顔を向けてくれることもなかった。
 私は夕方まで領主としての仕事をこなした後、ベッドに横たわるジェイを看るのが日課になっている。
 小さな病室に大きなベッド。仰向けになっているジェイの穏やかな顔に声をかける。
 
「ねえ、ジェイ。聞いてくれる? 皇帝陛下が今回の勝利で褒美をくださるみたいなの」

 当然返事はかえってこない。
 すやすやと小さな呼吸する音だけが耳をくすぐるだけ。
 でも私は続けた。
 
「ねえ。何をねだったらいいかしら? 町の人々がどこでも行けるように、往来を許可してもらいたいわね。あ、それから、水道や暖房を作ってもらいたいわ。それに町を守る兵士を派遣してもらおうね。あと、頑張った町の人たちに、少しだけお金を分けてもらえないかしら。……あれ? あれれ?」
 
 楽しいお話をしているはずなのに、ぽろぽろと涙の粒が落ちてくる。
 そうしてついに私はジェイの胸に顔をうずめて泣き出した。
 
「うわあああああ! どうして! どうして目を覚ましてくれないの!?」

 そんな疑問をぶつけたところで答えなんてかえってこないのは知っている。
 知っているけど、抑えきれない不安と焦りを吐き出さないと、つぶれてしまいそうで怖かったのだ。
 あきらめたらダメと、自分へ呼びかけようと試みるが、何度やってもうまくいかない。
 急に冷える秋の夕方でも、胸のうちに渦巻く炎で火照った体はさめることはなかった。
 
――そろそろ目を覚まさんと、色々と覚悟せねばならん。

 ここへくる前にイザベットさんからはそう告げられていた。
 『色々と覚悟』と濁してくれたが、鈍い私でもその言葉の裏に隠された意味は理解している。
 おそらく今夜が山場だ。
 部屋の中は西陽でオレンジに染まっている。
 ようやく涙が止まったところで、私は小さな笑みを作った。
 
「ねえ、知ってる? 『彗星の王子様と3つの奇跡』というおとぎ話では王子様のキスで奇跡が起こるのよ」

 クローディア様の言葉を借りた。

(でもそのおとぎ話でキスをするのは王子様の方なんだけどな……)

 そう苦笑いを浮かべて目をつむる……。
 ゆっくりと彼の顔に自分の顔を近づけていく。
 
 そして……。
 
 ジェイのひたいに優しくキスをした……。
 
 これが2回目のキス。
 
 お願い。
 奇跡よ。起こって――。
 
 

「泣くな……。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ……」



 鼓膜を震わせるかすれた声。
 

 私ははっとして目を見開いた。
 

 直後に視界に飛び込んできたのは……。
 


 ジェイの穏やかな笑顔だった――。