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 デュドネ・プリウー。
 リーム王国の名家、プリウー伯爵の次男の40歳。妻子あり。
 爵位を継いだのは彼の兄だ。デュドネは軍に入り、少将となった。
 少将と言えば、軍においてそれなりに高い地位だが、実力ではなくコネで得たもの。
 リーム王国もまたヴァイス帝国と同じように貴族が軍事にも政治にも幅を利かせているのには変わりないのである。
 しかしデュドネ本人は「少将の地位は自分の実力で得たものだ」と思い込んでいる。
 そしてリーム王国の少将ともなると、ほとんど戦場には赴かず、王宮の中にある作戦本部で指揮を執るのが一般的だ。
 それなのに彼は今、ヘイスター攻略のために前線に立たされていた。
 そのことが彼には不満でならなかった。
 
「なんで俺様ともあろう者が、こんな辺境までやってこなくてはならんのだ!」

 よく肥えた大きな腹を揺らしながら、事あるごとに近くの兵に当たり散らしていたのは想像にかたくない。
 とは言え、ヘイスター攻略はいわば『儀式』のようなもの。
 身の安全は確保されている上に、たやすく戦功を挙げられる。
 
「ふんっ! 王都に戻ったあかつきには、たんまりと褒美をいただくとしよう! ぐわはははっ!」

 200人の軍勢にしてはやたら豪勢な本陣の中で、彼は毎晩大酒をくらい、近くの町から連れてきた若い女の奴隷たちを囲いながら、宣戦布告から開戦までの20日間を過ごしていた。
 そうしてついに開戦の夜明けを迎えたのである。さすがに女の奴隷たちは追い出してある。そのため、本陣の中はデュドネただ一人だ。
 彼は本陣の外を守っていた兵を呼びつけると、ぶっきらぼうに問いかけた。
 
「おい。敵の様子はどうか?」
 
「はっ! 寝静まったかのように静寂のまま、何も動きがございません」

「ほう……。諦めたか……。うむ、ならば貴様が町へ行ってこい」

「はっ!」

 デュドネは兵の名前や顔をいっさい覚えない。
 そのため、この時も「貴様」と兵を呼んで町へ送り出そうとした。
 しかし何か思い出したようにいやらしい笑みを浮かべると、「ちょっと待て」と鋭い声で呼び止めた。
 
「領主は若い令嬢と聞く。ここへ引っ張ってこい。どうせ処刑される身なのだ。その前にたっぷり可愛がってやろう。グヘヘ」

「かしこまりました」
 
 そうしてしばらくした後、兵が戻ってきた。
 明らかに背は高く、目深にかぶった兜から覗くあごはシャープだが、彼は気づいていないようだ。
 それよりも彼の頭の中は若い女領主のことでいっぱいだったのだ。
 しかし戻ってきた兵からの報告は、彼をひどく落胆させるものだった。
 
「何? すでに死んでいただと?」

「はっ」

「お前……。少し声がかすれているがどうした?」

「申し訳ございません。少し体調を崩しておりまして……。それよりも町の井戸にこれがございました」


 兵がデュドネに差し出したものは書状、そしてひと束の髪だった。
 
「これは……。遺書か……。『私の命と引き換えに、領民の命だけはお助けください』だと。ふんっ! 殊勝な女め。これはその女の髪というわけか」
 
「それは分かりません。しかし、その女が身を投げたと思われる井戸の周囲には大量の血の痕がございました」


 デュドネは気味悪がって、髪の束を地面に放り投げた。
 領主である貴族令嬢の死の報せに、もはや町の制圧への興味が半分以上そがれたようだ。
 苦々しい顔つきで愚痴をこぼし始めたのだった。
 
「このデュドネ少将様が、わざわざこんなへんぴな町の制圧に来てやったのだぞ。ずいぶんと無礼な迎え入れだとは思わんか?」

 彼は目の前の兵に対して、少将であることを示す勲章のバッヂを見せびらかす。
 兵はさらに深く頭を下げて返事をした。

「はっ」

「もっと『熱く』迎え入れて貰わんことには、釣り合いが取れん! 違うか!?」

「はっ!」

「もうよい! これより町の制圧へ移る! 抵抗する者は、女や子供であとうとも容赦するな! ……いや、若い女だけは生かしておけ! よいな! 熱い夜を過ごしたいからのう!」

「はっ!」

 兵が出ていくのを見計らって、デュドネもゆっくりと重い腰を上げる。
 そして本陣を引き払うと、整列していた200人の兵に向けて号令を出した。
  
「皆のもの! 進めぇ!」

――おおっ!!

 空の色が完全に青色に変わった頃。リーム王国軍の進軍が開始されたのだった――。