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「貴ちゃんと別れたって本当なの?」

一月。年空けて、年始の空気がそろそろなくなるころ。
食堂のカウンターから奥にいる私にそう声をかけて来たのは茉莉さんだった。
茉莉さんの声に、昼時の食堂は少しざわっとした。
久しぶりに顔を合わせたと思ったら……。
茉莉さんは周りを無視して、真っ直ぐこちらを見てくる。その顔は嬉しそうに喜ぶわけでもなく、無表情だ。

「貴ちゃんがそう言っていたわ」

貴也さんが……。

「貴也さんがそう言うなら、そうなのかもしれませんね」

あれからすぐに年末の休みに入り、私は気まずさから実家へ帰っていた。年が明けてもあのマンションへは帰っていない。
貴也さんはもうすぐアメリカへ行く。だから私と別れたことにしているんだ。
そういう話だっもんね。
日本にいるときは結婚を進められてうるさいから、私は日本にいる間だけのカモフラージュ。アメリカへ行くまでだから、もう別れたことにしなくてはいけなくなるもんね。
でも、貴也さんから周りにそう言っているなんて……。結構きついな……。

「なんなの。そうあっさり別れるの? じゃぁ、私は何のために貴ちゃんと距離を置いたのよ」
「そう言われても……」

茉莉さんは不満そうに口を尖らせる。

「じゃぁ、本当に貴ちゃんは私がもらうからね!」

そう言い捨てると、フンと鼻を鳴らして食堂から出て行ってしまった。
それを見送るしかできない。
やめて、なんて私に言う権利なんてない。

「別れちゃったの?」

そばで盛り付けをしていた大関さんが気づかわし気に聞いてくる。
それに小さく頷くしかできなかった。
茉莉さんのお蔭で、別れたと噂が立つだろう。
恋人契約は終わりだと言われたのだから、もうこの関係は終わった。
貴也さんと一緒に生活することもないし、ときめきの練習もしてもらうことはない。
変な誤解をされたままで終わったから、後味の悪さは残るけど……。ときめきは思い出せたんだし、いい思いをさせてもらったじゃないか。
また最初に戻るだけだ。

「荷物、取りに行かなきゃ」

貴也さんがアメリカへ行くなら、あのマンションからは出て行かなくてはいけない。
早めに荷物をまとめないと、迷惑になってしまうな。
貴也さんが居ないうちにやろうと決めた。