もっと甘えろ、頼れ……か。

『そうしたいけど、3ヶ月後にはさよならなんだよ? 本物の恋人みたくなったとして、別れが辛くなるだけじゃない。そんなの出来ないよ』

そう思う自分と……。

『でも、偽とはいえ恋人でいられるなら、このポジションを利用しない手はないよ? 別れはもちろん辛いけど、せっかくなら今のこの時間を楽しまないなんて勿体ない』

そう思う自分が出てくる。
まるで天使と悪魔だ。

「どうしたらいいのよ……」

温め直したおでんをじっと見つめながらため息が出る。
確かに、残りの日々をただ心を閉じ込めて痛めるくらいなら、恋人として楽しい思い出を作った方がいいのでは?

「辛いままで終わるよりは……」

好きな人との楽しい思い出が欲しい。

「お腹空いたな」

スーツから部屋着に着替えた貴也さんがリビングに入ってきた。
そのリラックスした姿に胸がキュゥと締め付けられる。
この人と笑顔で過ごしたい。残り少ない時間を少しでも長く一緒にいたい。
そして、あと3ヶ月、辛い顔で過ごすより笑って過ごしたいよ。

「もう出来ます」

私は笑顔で貴也さんに返事をした。

「やっぱりここのおでんは美味しいですね」

二人でテーブルを囲みながら、鍋の中のおでんを突っつく。
あまりの美味しさに、自然と満面の笑みが溢れる。
そんな私を見て、貴也さんは吹き出した。

「なんですか?」

笑われてややムッとしながら聞き返すと、ごめんと笑いながら謝られた。

「そんなに嬉しそうな顔されると、お前にこの店教えて良かったって思うよ」

そんなに顔に出てたかな?
でも美味しいのは事実だし。
しかも、前に貴也さんはこの店を私にしか教えていないって話してた。
そんな些細なことを思い出して嬉しくなっている。

「どうして私に教えてくれたんですか?」
「ん?」
「会社から近いんだし……、今までの彼女さんとか、その……茉莉さんとか。教えても良かったんじゃないですか?」

そう聞くと、貴也さんは即答で「考えもしなかったな」と言った。

「あそこは俺のお気に入りだ。そう簡単に人に教えられるか」
「私には教えてくれたじゃないですか」
「お前は特別だ」
「え……」

ドキッとして貴也さんを見返す。
私の反応を見て「フッ」と笑われた。

「ま、またそうやってからかう!」

顔が赤くなるのを、器を突くふりして俯いて隠した。
駄目だ。貴也さんのそんな言葉にも嬉しい。

「本当だ。お前のことは自然と連れて行きたいと思ったんだ。お前ならああいう所でも嫌がらないだろ」
「はい、もちろん。え? どういう意味ですか?」
「今までの彼女たちは、良い所のレストランじゃなきゃ駄目みたいだったからな。ここの良さをわかってくれそうな人はお前くらいだ」

まぁ、この肩書でルックスならおしゃれな所へ連れて行ってくれるのが普通だと思うのだろう。
ああいう庶民的なところへ行くとも思えなかったし。
私も最初は意外だと思ったくらいだ。

「鈴音なら俺のことを表面じゃなく、中身も理解してくれると思ったんだよ」
「……っ。お褒めに預かり光栄です」
「照れちゃって。可愛いな」

貴也さんはその大きな手のひらで私の頬をスッと触れた。
触れてくれたことが嬉しくて、つい「ふふ」と微笑んでしまう。

「なんだ、素直だな」
「そうですか?」

自問自答したけど……。
やっぱり、こうしたことひとつひとつを楽しんで、良い思い出にしようと決めたんだ。
別れる時はつらいけど、貴也さんと残り時間を楽しく過ごしたい。
多少、素直になったって罰は当たらないだろう。

「そうだ、25日開けておけよ」
「25日?」

なんだっけ? レンタル漫画は借りていないから返却日ではないし。
首を傾げると、貴也さんは呆れたような表情をした。

「12月25日と言えば、わかるだろう?」
「あ、クリスマス……。最近ずっと縁がなかったんで忘れていました」
「まったく。今年は25日が金曜日だろ。仕事が終わったらデートしよう」

デート!?
目を丸くしていたのだろう、貴也さんは吹き出して笑った。

「偽とはいえ、恋人同士なんだから普通だろ。どこかレストランの予約を入れておくよ」
「はい! ありがとうございます」

クリスマスにデートできるなんて、すごく嬉しい。
上機嫌で返事をした。