辛辣御曹司は偽装結婚で容赦なく愛し囲う~恋なんて忘れていたのに独占激愛されて~



「そうですか?」

呑気にしているつもりはないが、茉莉さんにあんなことを言った手前、何もないなんてことはないだろうなと思っていたからそこまで驚いていない。
今のところ実害はないし、と思っていると野上さんは呆れたようなため息をついた。

「まぁ、僕には関係ないことだけどね」

関係ないのにわざわざ教えてくれるなんて……。

「……もしかして心配してくれたんですか?」

そう聞き返すと、野上さんに軽く睨まれてしまった。
図星のようだ。
なんなんだ、この人はもう。素直じゃない。
野上さんって、本当は親切でお世話焼きタイプなのかもしれない。
要は、良い人なんだろうな。
思わず笑みが溢れる。

「こっちの噂なんて厨房には届かないだろ。だからわざわざ僕が教えてあげたのに、笑うなんて失礼だ」

ムッとしたようにトレーを持って立ち上がったので慌てて謝った。

「ごめんなさい。忠告、ありがとうございます。気を付けますね」

噂は届いて居なかったのだから、教えてもらえたのはとてもありがたい。
丁寧にお礼を伝えると、「ふん」と小さく鼻を鳴らして食堂を出ていってしまった。
しかし、貴也さんの恋人だと噂になったときも、女性社員に囲まれたし、今回も変なことにならなきゃいいけど……。
私は重いため息をついた。

「お疲れ様でした」

仕事を終えて、会社を出る。
冷たい空気に思わずコートの前を閉じた。
さぁ、さっさと帰ろう。
貴也さんも今日は遅くならないって言ってたし、早くリクエストの鍋を作らなきゃ。
厨房入り口から表へ出ると、会社の正面入口にたまっていた男性たち三人組と目があった。
私が通るとあからさまにチラチラと見て、なにやらヒソヒソと話をしている。
感じ悪いな。
おおよそ、噂の事かななんて思ったけれどなんだか様子がおかしい。
不快な気持ちになりながら、そそくさとその場を離れようとすると、三人組の一人が近寄ってきて声をかけてきた。

「あんた、食堂の人だよね」

あからさまな上から目線な態度に一瞬怯む。

「なんですか…?」
「おーい、やっぱりこの人、滝本って人だよ」

私の問いには答えず、男は残りの二人に声をかけて手招きする。
すると二人は私をジロジロと見ながらやってきた。

「あの……?」
「ねぇ、本当に木崎と付き合ってんの?」
「え……、まぁ……」

三人組に囲まれて、つい後ずさりする。
怯える私に気が大きくなったのか、男たちはさらに態度が大きくなった。

「へー、意外と可愛いな。俺、全然ありなんだけど」
「お前は守備範囲が広すぎるんだよー」
「可愛いか? 俺は茉莉ちゃんが一番だな」

茉莉ちゃんという言葉にハッとする。