それと同時に、胸の奥がモヤモヤとしてくる。
この感情は知ってる。
今までの貴也さんとの練習では味わえなかった気持ちだ。
貴也さんは茉莉さんの様子に慣れているのか、おねだりの可愛い顔にも表情を変えない。
「自分で買え」
「ケチー」
プクッと頬を膨らまして不機嫌さを見せる。
それすらも計算されたかのように可愛らしい。
「ねぇ、2人は付き合ってるんでしょ? 貴ちゃんはこの人の何処が良かったの?」
茉莉さんはすぐに話題をかえるが、なかなかズバッと聞いてくる。
なんて答えるんだろう……。
ソッと貴也さんを見上げると目があった。
貴也さんは表情を崩さない。
でも内心は困っているだろう。
……そりゃぁ、困るよね。
貴也さんにとっては、都合よく偽恋人になってくれただけの相手だもん。
何処が良いとか、即答なんて出来ないよ……。
わかってはいるけど、少し心が痛くなる。
偽の恋人なんだと痛感してしまう。
膝の上でギュッと手を握ると、少し考えるような素振りを見せた貴也さんが口を開いた。
「全部かな」
優しいそんな言葉が降り注いだ。
パッと顔を上げると、さっきとは一変して、私を愛しそうに見つめる貴也さんと目があったのだ。
あ……、前もこんな顔見たことがある。
そうだ、あれは貴也さんの同僚に紹介されたときだ。
「た、貴也さん?」
ドキンと胸が鳴り、困惑が広がる。
なんでそんな顔するの?
茉莉さんの前だから演技しているのかな。
そう思っても、心とは裏腹に顔が火照ってきたのがわかって、俯いてしまった。
「何それ、面白くない回答」
茉莉さんはつまらなそうな不機嫌な声を出す。
「貴ちゃんが誰かを好きになるとか想像できないんだけど」
「お前は俺の何を知ってるって言うんだ」
「全部よ、全部」
そう言うと、茉莉さんは私を振り返ってキッと睨んだ。
「私は貴ちゃんの全部を知っているのよ」
それはまるで私への宣戦布告のように聞こえた。
貴也さんは呆れたようにため息をついていた。
「帰るぞ、鈴音」
貴也さんは立ち上がって、私の腕を取った。
釣られるように出口へ歩き出すが、「貴也さん、待ってください」と声をかけ、ひとりで茉莉さんの所へ戻った。
「何よ」
「あの……。私は貴也さんをまだよく知りません。茉莉さんのように全てを知りません。だからこそ……。だからこそ、一緒にいたいと思っています。知りたいって思います」
そう一言言うと、言い逃げるように頭を下げて出口へと向かった。
すると、茉莉さんが私の背中に吐き捨てるように言った。
「その指輪、貴女には不釣り合いよ」
思わず足を止めて振り返る。
茉莉さんは私の指を見つめていた。そこには貴也さんから貰った指輪。
最近では着けていることが自然になりつつある。
「似合わないわ」
そう言いながらどこか悔しそうに唇を噛む。
似合わない、か。
そんなの、私が良くわかっている。
私は貴也さんに似合っていない。
わかってはいるけど、面と向かってそう言われると苦しくなる。
茉莉さんにはなにも言わず、そのままお店を出る。
後ろから優也さんが気遣わしげに笑顔で「また来てね」と声をかけてくれ、軽く会釈だけして貴也さんの元へ戻ったのだ。
貴也さんと外へ出ると不思議そうな顔をされた。
「茉莉に何か言ったのか?」
どうやら聞こえなかったようだ。
「まぁ、その挨拶を……」
ゴニョゴニョと濁す。
一緒にいたい、なんてスルッと出てきた言葉だった。
あれが本音。
でも、それもあと数ヶ月なんだよね。貴也さんがアメリカへ行くまで。
心配しなくていいですよ、茉莉さん。
私は貴也さんの隣にあと少ししかいれないのだから。
だからこそ、今は側にいることを許してください。好きでいるのもあとちょっと……。
その時が来たら笑顔で別れられるようにしなきゃね。
自虐的な笑みが溢れると、貴也さんは怪訝な顔をする。
そして大きい両手で私の頬を包み込んだ。
ドキッと胸がなる。
練習じゃない、本当の胸のときめき。
忘れていた、恋するときめき。
「茉莉が悪かったな。悪いやつじゃないんだが、なにぶん我が儘で」
申し訳なさそうにしなくていいのに。
「大丈夫ですよ」
「あいつのことは気にするな。何かあったら俺に言えよ」
心配してくれているのだろうか。貴也さんは優しく微笑む。
またそうやって優しくする。
手の温もりに心地よさを感じながら、照れ隠しのように言った。
「これもときめきの練習ですか?」
すると貴也さんは笑いながら「なんでも練習に結びつけやがって。お前も素直じゃないな」と今度は頭を撫でたのだった。