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その日は、一睡もできなかった。
私はカーテンの隙間から、零れる朝日をぼんやりと見つめていた。
何度も脳内で繰り返し思い出されるのは、昨晩の貴也さんとのキスだ。

『約束を破っていいか?』

そう聞くと返事を待たずにキスをしてきた。
優しく、奪うようなキス。
あまりに突然のことに固まっていると、貴也さんは唇が触れるか触れないかまで一度離すと口角を軽く上げ、柔らかく微笑んだ。
そして、また唇を合わせてくる。
しかも次は結構、濃厚なキスをしてきて――……

「うわぁ」

思い出しただけで顔から火が出そう。私は恥ずかしさに枕に顔を埋めた。
まだ唇には生々しく感触が残っている。
されるがまま、それでも何故か抵抗が出来なかった。むしろ、胸がときめいて喜んでいるようだった。
途中から、もっととねだりそうになるくらい。
それは心地いい時間でもあったのだ。

「何考えてるのよ、私は。契約違反されたくせに」

貴也さんは私とのキスを堪能すると、ゆっくりと唇を離した。
そして真っ赤になっているであろう私を覗き込むように見つめて、ニヤリと笑う。

『気持ち良かったって顔している』

そう指摘されて、さらに真っ赤になった。

『してません! け、契約違反です!』
『だから最初にそう断っただろう』

私から一歩離れ、そう反論された。
その表情はどこか面白がっているようだ。

『だからって、あんな……』
『鈴音は俺の恋人なんだよ』

そうはっきりと告げる貴也さんは、表情は笑顔でもその声はまるで宣言するかのように強い意志を感じた。

『偽とはいえ、恋人なんだ。いくら恋愛は自由にしていいと言っても、そこだけは忘れるな』

はっきりとそう言うと、私の頭を撫でて部屋に戻って行ったのだ。
確かに最初に好きな人が出来たら言うことと話していた。つまりは本当の恋愛は自由ということだ。
でも。

「出来るわけない」

あんな風に独占欲を丸出しにされて、キスまでされて。
他に好きな人なんて作れるはずない。
気が付くのが遅かった。
私は貴也さんと恋人契約を結んだ時点で、他に好きな人なんて作れるはずがなかったんだ。
恋愛なれしていない人間が、練習とはいえいつも甘い仕草やセリフでときめいているんだもの。
それはもう、行動にときめいているんではなくて、貴也さんにときめているのと同じことだ。

「どうしよう。好きだ……」

貴也さんのこと好きになっていたんだ。
残り数か月で偽恋人の契約が切れるような相手を、好きになってしまった。