辛辣御曹司は偽装結婚で容赦なく愛し囲う~恋なんて忘れていたのに独占激愛されて~



そんなことを考えながら、社会人が題材の恋愛漫画を見つけては、一通り手に取っていく。

「今は大人向けの漫画の方がタイトルが結構露骨ねぇ」

『御曹司と甘々な~』とか『溺愛王子と地味子の~』などの物が多い。
そのタイトルだけで内容が全て分かってしまいそうだし、手に取るのも一瞬躊躇しそうなもの。

でもさ、むしろそういったものの方がキュンキュンしたものを期待できるのよ!
結構、楽しめるというのだから不思議だ。

「あ、面白そう」

今日も、『意地悪御曹司王子ととびっきりイケナイ恋模様』などというタイトルの本を借りようと手にして中身をパラパラとめくる。
御曹司である上司と大人しいOLの恋愛話だ。絵も可愛い。

よし、今日はこれからときめきを学ぶぞ。

すると、その手元にフッと影が降りた。

「え?」

なんだろう、と人の気配に顔を上げると見知った顔がそこにあった。

えっ!?

ギョッとし、驚きで思わず身体が強張る。

「へぇ、こういう本が好きなんだ?」

そう私に向けられた低い声に目を丸くした。

ど、どうして……。

つい顔が引きつった。

私の手元の漫画を覗き込みながら爽やかな笑顔を向けるその人は、いつも職場の社員食堂の厨房から見かける顔だった。

身長が180センチはありそうで、鍛えられたそのスラっとしたモデルのような体格に、一目で高級とわかるスーツがよく似合う。
サラッと揺れる、上げられた黒い前髪から覗く切れ長の二重に、スッと通った鼻筋。

誰もが思わず振り返るような美形で、その低い声でクッと喉を鳴らして笑う声。

一段と目を引くあの人。

厨房の同僚でパートのおばさんである大関さんを、いつも「素敵ねぇ。私もあと20年若ければねぇ」などとうっとりと言わせている。

我が社のエース弁護士。

そんな人が私の隣に立ってニコリと笑顔を向けていた。

なんで、この人が!?

「あの……」
「君、社員食堂の人だよね? えっと確か……滝本さんだっけ?」

もう秋にもなろうかというこの季節に、ひやりと冷や汗が流れ背筋が凍る。

何故名前を……。

しかし名前を呼ばれたことでハッと我に返った。