翌週の金曜日、仕事終わり。
久しぶりに望に会うと、一杯目を飲み終えた頃に一言「何かあったでしょう?」と聞かれた。

「何かって……?」

飲み込んだビールに軽くむせる。
今日は朝、貴也さんには友達とご飯を食べてくるので、夕飯は作れないという話をしてあった。
だから今日は仕事からまっすぐ、いつもの居酒屋へ向かった。

そして、目の前の望はニヤリと笑みを作った。

「親友を舐めちゃいかんよ。何かいいことあったでしょう?」
「別に……」
「じゃぁ、生活に変化があった……、とか?」

望の鋭さに少し唖然としてしまった。
この人の観察眼は伊達ではない。
望にはまだ恋人契約やときめきの練習の話はしていないというのに。
ビール一杯分はまだ世間話程度しかしていないのに、どこからそう感じたのだろうか。

私が言葉に詰まると、「ほら、やっぱり」と言わんばかりにどや顔をされた。
まぁ、元から望には今回の話はするつもりだったから別にいいのだけれど、と苦笑する。

「実はさ」

と、貴也さんと恋人契約したこと、ときめきの練習台になってくれること、それが来年の春までの約半年の関係であること、現在ルームシェアをしていることを簡単に話した。

「というわけで、生活の変化というか……、まぁそういうことがあったのよ」

どんな顔して話していいかわからず、苦笑いして見せると望は目を丸くしていた。

「なにそれ! なにその漫画みたいな展開!」
「いや、全然違うから! 半年だけだし、ただのルームシェアだし」

興奮する望に慌てて否定するが、「だって、普通そんな展開なんて起きないからね」と言われてしまった。

「そうかもしれないけど、望が想像するようなことなんて起きないから」

笑い飛ばすと、至極真面目に返された。

「なんで? 起こるかもしれないじゃん。大人の男女が一緒に住んでて何もないわけないでしょう?」

そうは言っても、望が考える大人の男女がするようなことは何もしないと契約しているのだから起きることはないのだ。

「で? 練習ってどんなことされてるの」

望は前のめりで聞いてくる。

「別に……、手を繋いだり、頭を撫でられたり……?」
「え? 中学生かな?」

私の返答に一気に呆れ顔になる望。
確かに練習とはいえ、あまりバリエーションはないかもしれない。ベッドで添い寝をしたのは練習ではなく、アクシデントだし。

「それで、鈴音はときめくの?」
「まぁ、それなりに」

ときめいてしまっている。
中学生レベルのことにドキッとしたのだ。
それはそれで少し情けない。

「きっと、貴也さんは私の恋愛レベルに合わせてくれているんだと思うの。私が恋愛に慣れてないってわかっているから」

そう、貴也さんは私が怖がらない範囲のときめきをくれる。困惑しない程度のときめきだ。
私もそれがわかっているからこそ、こうして一緒にいられる。

「ふぅん、まぁ、契約の関係だし本当の恋人同士ではないからできる範囲が限られているんだろうけど……」

そこまで言うと、望は私をチラッと見た。

「でも、鈴音はときめくんだよね?」
「まぁ、うん」
「手を繋いだり頭を撫でられたりでときめくんだよね?」
「そうだね」

繰り返し聞かれ、思い返すが確かにときめいたりしている。

「それってどうなの?」
「え? どうって?」
「私だったら何とも思っていない人にそんなことされたら気持ち悪いと思うけど」

そう言われて、ビールを飲もうとしていた手が止まる。