「べ、別にどうも思っていないですよ。しいて言うなら、やっぱり貴也さんはモテるんだなーって思ったくらいです」

それが何か? と言わんばかりに首を傾げて見せる。
すると、貴也さんは「そうか」とフッと笑った。それがどこか自虐的に見えたのは気のせいだろう。

「もういいですか?」

掴まれたままの手首を見ながら、放してほしいと伝えると貴也さんはニヤリと笑った。
そしてそのまま私の手首を自分の唇に近づけた。貴也さんの唇が私の手首に押し当てられている状態になったのだ。
その唇の柔らかさにビクッと肩が震える。
まるで、手首にキスをされているようだ。

「出汁のいい香りがする」

呟いた際に出た温かい吐息が手首にかかり、背中がゾクッとした。動く唇が私の手首を這うような感覚に陥る。
どこか官能的な仕草に思えて混乱してくる。
そして、何を思ったか貴也さんはその手首を軽く唇の先でハムっと噛んだのだ。

「ちょっと、何するんですか」

決して痛みはないが、突然の行動に驚いてバッと手を離した。
手首にはもちろん痣や跡などない。しかし、これは……。

「キ、キスは契約違反です!」
「キスはしていないよ。いい香りがしたからつい……」
「食べたっていうんですか!?」

キスではなく食べたということか。驚いて目を丸くすると貴也さんは「くくく」とおかしそうに笑った。

「最近、忙しくて練習していなかったもんな」
「練習……」

これが練習だと言いたいのか。
本当に練習なのか、単にからかわれただけなのかわからないが自分の顔が赤くなっているのはわかる。
キッと睨むが禁止た様子もなく流された。

「さぁ、食おうぜ。腹減った」
「食べるならちゃんと食材にしてください」

そう言い返しながら席に着くと、貴也さんは「食材ねぇ」と小さく呟いたのだった。