「これ、全員に会ったんですか?」
「いや。理由つけてお見合いから逃げている。でないと、常にお見合いしなければならなくなるだろ。それこそ仕事の邪魔だ」

倒れるまで仕事をするのもどうかと思うけれど、でもこれが仕事に支障をきたしているなら邪魔というのも当然だろう。
しかし、その釣り書きの量に胸がざわつく。
実家から送られてくるということは、それほど貴也さんに結婚をしてほしいと思っているということだろう。

「気に入った人がいるかもしれないのに……」
「いるか、そんな人。それに俺にはお前がいるだろう」
「え……」

急に真剣な声でそう言うため、ドキンと心臓が大きく鳴った。
思わず手にしていた釣り書きを落としてしまう。
すると、私の反応を見た貴也さんがニヤリと笑った。

「ときめいただろう?」

その一言で、それが練習のためにセリフだと気が付いた。

「も、もう! 急に練習入れないでください」

あまりにも真剣に言われたから、練習で言われたのかとかそんな考えが浮かばなかった。恥ずかしくなって抗議をすると可笑しそうに「くくっ」と笑われる。
本当にドキッとした。
未だに心臓がドキンドキンと鳴っている。
練習なんだよね……。
確かに、ああいうものから逃れるために偽婚約者を仕立て上げたのだから、私という存在を必要としていることは間違いないのだろうけれど、あえてそれを言葉にしたのは練習のためなんだ。
分かり切っていたことなのに……。
なにを少し残念に思っているのだろう。
自分の感情に心の中で首を傾げながら、落としてしまった釣り書きを拾おうとしゃがんでハッと手を止めた。

この人……、この間の……。

開いた釣り書きの写真に写っていたのは、先日会社の玄関で貴也さんの腕に絡みついていた、とても可愛らしいあの女性だったのだ。
赤い色のとても上品な着物を着て、カメラに向かって微笑んでいる。
写真の隣に貼られた自己紹介欄には「安住茉莉」と書いてあった。

「どうした?」

貴也さんがベッドから覗き込み、慌ててそれを片づける。

「なんでもないです。早く寝てください」とそそくさと部屋を出た。