「笑顔がキザなんだよ。でも、あんなキザ初めて見たな」
「あんなって?」
「手を握って甘えていたじゃん」

あ、見られていたんだ。急に恥ずかしくなり、変な汗が出る。

「いや、あれは甘えていたっていうか……」
「甘えていたよ。癒してーなんて言っていたし」
「え、話し聞いていたんですか?」

今度は嫌な汗が出る。
これは良くない感じがするぞ。そう思ってそろっと野上さんを見上げるとニッコリ微笑まれた。
笑顔がどうも胡散臭い。

「ねぇ、練習って何?」

やっぱり聞かれていたか。予想はしていた。さて、どう誤魔化そう。
なんだか、言葉の端端から貴也さんに良い印象はなさそうだから、下手なことは言わない方が良い気がする。

「別に何でもないです」
「そうかな?」
「あの、野上さんって貴也さんの同期なんですよね」
「うん。同期でライバル」

話題を変えるとあっさりとそれに乗ってきた。
同期でライバルという言葉に納得できた。野上さんから感じるのはライバル意識なのか。

「独身イケメンエリート弁護士って肩書が被るんだよね、キザと俺って。そしたら急に恋人が出来たって聞いて驚いたよ。こんな平凡な子だとはね」
「平凡ですみませんね」

この人ムカつく! 嫌味っぽさがなくサラッという所がもっとムカつく。

「どんな感じで付き合うようになったの?」
「別にあなたには関係ないでしょう」

深く追及されたくないということがありつつも、同時にこの人とはあまり関わりたくないと思った。
すると、野上さんは私をジッと見つめてからボソッと呟いた。

「なんかさぁ、さっきも思ったんだけど君たち本当に恋人同士なの? 怪しいんだよね」

この人嫌だー。貴也さん助けてー。
心の中で叫ぶが助けてくれるはずもない。
怪しいって何が、どこがよっ!

「なんか恋人同士の親密さが見られないんだよな」
「そんなことはないです。ここは職場だから」

動揺を悟られないよう、平静を装う。

「んー、でもにじみ出る雰囲気ってあるでしょう。ねぇ、何かあるの? 教えてよ」

この人鋭いから怖いよ。
絶対教えるわけがないでしょう。しかも貴也さんのライバルとか言っているような人なんかに。貴也さんが不利になるような感じがするし。
そもそもにじみ出る雰囲気って何!? そういうことわからないから! 

「何もないです。ライバルとはいえ、そうやってプライベートを詮索するのは良くないですよ」
「ライバルだからこそ弱み知りたいじゃん?」
「私は弱みになんてなりません。では失礼します」
「じぁーね」

半分逃げるように立ち上がって厨房へ戻る。
残りの半分は少し腹が立っていた。弱みとかで相手を陥れようなんて考えは最低だ。共感できない。
これからはあの野上という弁護士には気を付けようと心に誓った。

そして、3日後。
仕事が落ち着くと言っていた貴也さんが、一区切りついた途端、ついに倒れてしまったのだ。

「睡眠不足と栄養不足。要は過労だそうですよ。二、三日仕事を休むようにとのことです」

訪問医師が帰った後、ダブルベッドに横たわる貴也さんに診断書を見せながらそう告げる。
ベッドでは顔色が悪くぐったりしている貴也さんが私の声に目を開けた。

「まじか……。裁判が終わった後で良かった」

ホッとしたように呟く。きっとまだ忙しい最中だったら、この人は午後からでも出社するのだろうな。

「鈴音にも迷惑かけたな」
「だから言ったのに」

そう呟くと弱々しく苦笑された。
今朝、仕事のため起きた私の目に飛び込んできたのが、リビングで蹲る貴也さんだった。
慌てて駆け寄ると顔色が悪く、熱もあるようでぐったりしていた。
意識はあるようだが、自分で立つのはしんどそう。
病院に行くにもこの体格の男性を支える自信はなく、救急車でも呼んだ方がいいかとも思ったが判断できず、一階のコンシェルジュに連絡して相談の結果、訪問医師を派遣してもらったのだ。