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「ねぇ、あなたが木崎先生の恋人なんだって?」
「えー、大したことなくない? 先生趣味悪―い」
「どうやって取り入ったのよ」
口々にそう言われ、もういい加減辟易する。
そんなこと言われても、どうしろっていうのよ!
予想通り、翌日には噂は広まり食堂にくる女性は結構な確率で敵意の目線を送り付けてきていた。
本当に人気がお有りのようですね。
貴也さんの人気を改めて認識しながらも、確かにこういう女性たちを偽恋人に仕立て上げれば、本当に結婚を迫られそうだなと納得していた。
「イケメンも大変ね」
しかし、こういう日に限ってカウンター担当だから、もろに言葉の矢を浴びせられ困る。
しかも、その相手は女性弁護士や事務員までとその層は幅広い。
「変わるわ」
ついに見かねた大関さんがカウンター業務を変わると申し出てくれて、料理長からも奥で洗い物をしているように言われた。
「すみません」
厨房の同僚たちは私に春が来たと喜び、この状況に苦笑してくれているが、これが続くと先々仕事に影響が出かねない。
なんだか申し訳なさで落ち込んでいると遠くから「鈴音」と声を掛けられた。
この声は……。
背中で声を受け止め、思わず眉にしわが寄る。お皿を洗う手が止まる。
「なんで声かけるかな」
チラッと振り返ると、爽やかな笑みで貴也さんが手招きしていた。
状況見てよ!
周りの視線を感じないのかな。
きっと、わざとみんなの前で呼んでいるのだろう。
しかし、こちらは仕事中なのだからやめてほしいんだけど……。
これは無視するに限ると、無視し続けていると何度もしつこく呼ばれる。
料理長にも「滝本」と何とかしろという目線を送られ、仕方なくカウンターに寄った。
「なんでしょう。今仕事中なんですけど」
不機嫌さマックスでそう答えるが、もちろん貴也さんには効かない。
「怒るなって。どうしているかなと思って」
悪気のなさそうな笑顔にカチンとくる。
誰のせいだと思っているよ。
「お陰様で大忙しですよ」
「皮肉が言えるほどには元気だな。そろそろ休憩じゃないのか?」
「違……」
違うと言いかけたところで、後ろから料理長が「滝本、休憩入ってこい」と声をかけてきた。
思わず目で抗議するが、手で行けと払われてしまった。
「席取ってあるから」
ニヤリと笑う貴也さん。しかし周囲の目があるため、嫌とは言いにくい。
仕方なしに、「すぐ行きます」と伝え、支度してから貴也さんが取ってくれた席へと向かった。
「あの、ここで話しかけるの止めてもらいたいんですけど……」
「なんで?」
席について、向かい合った貴也さんはコーヒーをすすりながら首を傾げる。昼食はすでに取ったのか、今日はコーヒー一杯のみだ。
「だって……」
周囲の(特に女性の)視線が痛いということに気が付かないのだろうか。
言葉尻が小さくなると、貴也さんはため息をついた。



