「なんだか、大好きな人にまで嘘をつかないといけないって気づきました……」
「今更かよ。そんなに嫌か、俺の相手は」
大関さんが見えなくなった途端、声のトーンが下がり舌打ちしながら素を見せてくる。
本当、オンオフの切り替えがうまいんだから。
「そういうことではなくて、嘘が嫌だなって話です」
「ふうん」
軽々しく引き受けるべきではなかったなと少し後悔する。
しかし乗り掛かった舟なのだから、今更仕方ない。
そう自分を納得させた。
「で、何しているんですか、こんなところで」
「待っていたんだよ」
「でしょうね。その理由を聞いているんです」
今までそんなことはしなかった。
なんで急に迎えなんて……。絶対、何か裏がある……。
詰め寄ると木崎弁護士が視線を泳がした。
「いや……、同僚たちとこの近くで飯を食べていたんだけどさ。お前を紹介しろって話になって」
とやや歯切れ悪く返事がある。木崎弁護士にしては少し気まずそうだ。
「紹介? 私をですか?」
聞けば大企業の顧問弁護士の大口契約が取れたお祝いで、同僚たちと飲み会をしていたそう。
そこで上司が木崎弁護士に縁談を勧めてきた。
しめた、と「恋人がいる」と答えたところ、周りの同僚に聞かれちょっとした騒ぎになったそうだ。
「それで、連れてこいと?」
「いや、上司には後日紹介するって伝えてそこは治まったんだけど……。数人の同僚が顔だけでも見たいからって、家にまで着いてきそうな雰囲気なんだ」
「……まさか」
顔を歪めると、苦笑いされた。
「そのまさか。そこの大通りで待っている」
「あちゃ~」
嘘でしょう、と手で額を覆った。
恋人のふりをする時点で、いつかこうして誰かに紹介されるだろうなとは思っていた。
でも少し急すぎる。仕事帰りのボサボサな時じゃなくてちゃんとした時が良かった。
「ちなみに、そこに女性とかって混じっています?」
「いや、男だけだけど?」
「そうですか」
女性がいないことに少し安心した。
だって、漫画とかだとそういう所に綺麗な同僚の女性が付いてきて、ライバル宣言とかよくあるでしょう。
そういうのってごめんだもの。
「とりあえず、笑顔で自己紹介すればいいから」
そう言って右手を繋がれると少しだけドキッとした。
大きい手……。
当たり前だが自分の手よりもはるかに大きくてゴツゴしている。
体温も高くて、久しぶりに「そうだ、男の手ってこういうものだった」と認識した。
なんだか、妙にくすぐったい気分になる。
「ちゃんと指輪しているな」
つないだ手から感じ取れた指輪に満足そうに微笑む木崎弁護士。
くぅ……。
その表情にもドキッとしてしまうのだから、自分の免疫力のなさにあきれる。
そんなに嬉しそうにされると、指輪を着けておいて良かったと思ってしまうではないか。
大通りに出ると、確かにそこにはスーツ姿の男性が数人私たちを待っていた。



