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社員食堂が閉店し、片付けや翌日の仕込みを終えてロッカーに戻ると、一日の疲れがどっと出る。
今日は日中雨で天気が悪かったこともあり、普段は外でランチをする人たちが食堂をつかっていたため、人がひっきりなしにやって来ていた。

「今日は疲れたわね」
「そうですね」

ため息を漏らすと隣のロッカーで着替えていた大関さんが労わるように声をかけてくれた。
制汗スプレーで汗と共に油臭さもシュッと消臭する。
母のような大関さんと他愛もないことを話しながら着替えると「あらっ」と急に弾んだ声を出した。

「鈴音ちゃんったら、いつの間に彼氏ができたの?」

大関さんが私の指にはめた指輪を見て目を輝かせた。
着けるように言われた指輪を仕事中以外ははめるようにしていた。

「あっ、これは……」
「ついに鈴音ちゃんにも春が来たのね! で、相手はどんな人なの?」
「えっと、相手は、その」

歯切れ悪くゴニョゴニョ濁しながら着替えを済ませながら、食堂用の裏口セキュリティーを解除して表に出た。
同じビルとはいえ、私達食堂の人間は弁護士先生方が使う正面入り口や社員通路は使わず、食堂裏手にある専用入口を使うことになっている。
大関さんに質問攻めにさて、どう説明したものかと考えていると扉を開けて表に出た瞬間、「鈴音」と声を掛けられた。

暗い中でも声だけで誰だかわかってしまうその人は、私を見つけると爽やかな笑みを浮かべて軽く手を上げた。
思わず小さな声で「ゲッ」と言って顔をゆがめてしまう。

「え、あら、どういうこと?」

私の反応に気づかない大関さんが隣で色めきだって、私と彼を交互に見ている。
頭を抱えたくなった。

「……何をしているんですか、こんなところで」
「もちろん、待っていたんだよ。一緒に帰ろう」

一緒に帰ろうですって!?

「なんで!?」

私の驚きの声を無視して、木崎弁護士は大関さんに視線を移し微笑みながら会釈する。

「初めまして。木崎です。鈴音がいつもお世話になっております」
「まぁまぁまぁまぁ! 初めましてぇ、大関ですぅ。やだ、そういうことなのね! 鈴音ちゃんったら水臭い。言ってくれれば良かったのにぃ」

そう言って肩をバシバシと叩かれる。
い、痛い。

「お、大関さん、あの」
「じゃぁね、邪魔者は帰るから。明日詳しく聞かせてね」

大関さんは嬉しそうに微笑んでそそくさと帰って行った。あぁ、その誤解は間違いであって間違いではない。
でも説明が出来ず、うな垂れる。