「お前な、指輪よりアイスかよ」

呆れたように盛大にため息をつかれた。

「指輪着けるから。もういいでしょう、アイスを返して」

視線の先には溶け始めたバニラアイスが。
木崎弁護士は手に持ったそれをチラッと見て、ニヤリと笑った。
あ、何かよからぬことを考えているな。
そして手にしていたアイスをパクッと一口食べてしまった。

「あー!」

抗議の叫びをあげると「ん」と口元に半分になったアイスを差し出される。

「え……?」
「はい、あーん」

木崎弁護士が一口食べたアイスを食べるということか。
……別にそれくらいなんともないもの。

そう思いながらも妙にドキドキした気持ちでアイスを頬張る。そして口の端についたアイスを指でスッと拭われた。
冷たい頬に温かい手が触れてビクッと反射的に身体が反応する。

「お前、なんだかやらしーな」

耳元に顔を寄せてそう、低く呟かれカッと顔が熱くなる。
甘さを含ませた低い声に急に耳元で囁かれるのは脳の中がビリッとする。

「やらしーのはどっちよ! わざとなくせして」

片手で木崎弁護士の胸をドンッと押して距離をとると「あはは」と愉快そうな笑い声を立てて風呂場へと消えて行った。
思わず赤くなった頬を手で触る。
あんなのはときめきとかではなく、ただの変態ではないか。

「ムカつく」

膨れ面をしながら手元のアイスをガツガツと豪快に咀嚼した。

部屋に戻り、寝る前に箱に入った指輪を取り出す。
ダイヤモンドがはめ込まれたシルバーの可愛いデザインをしている。
あの日、有名なジュエリー店へ連れていかれた。
ショウウィンドウに並べられた宝石を眺めるやいなや、店員にいくつか出してもらい、「これが一番似合う」と私の意見もほとんど聞かずにこの指輪を決めていた。
本当に形だけなんだなと思ったから何も言わなかったけれど、見立てはいいと思う。

「可愛い」

ベッドに横になって、右手の薬指にはめた指輪をかざして眺める。

確かにこんなに可愛い指輪を買ってもらったのだからつけないのはもったいない気がする。
仕方ない、仕事の時だけ外して普段は着けるようにしておこう。偽とはいえ恋人になったのだから一応はその役割を果たさなければ。
でも。

『恋人になったら指輪は必要だろう』

木崎弁護士の言葉が甦る。
必要……か。
木崎弁護士は今までの恋人に指輪を贈っていたのだろうか。彼女の証として、あんな風に一緒に選びに行って着けろと言っていたのだろうか。
指輪を贈ることは木崎弁護士の恋人への基準なのだろうか。

「……なんだ?」

ときめきとは別の、じんわりとした苦い気持ちが少しだけした。