「今日はありがとうございました」

南城家に到着し車のエンジンを切ると途端に車内が静かになった。

夜も更け薄暗い車内の中で、彼女の存在だけが淡く光っているようだ。

「指輪……楽しみですね」

「そうだね。月子ちゃんならどんなデザインでも似合うよ」

「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しい」

このまま別れてしまうのも名残惜しく、少しでもいいから会話を引き延ばす。

俺の気持ちに応えるように、月子ちゃんも車からなかなか降りようとしなかった。

恋人同士ならば、キスのひとつでもするのだろうか。

そもそも政略結婚から始まった関係だから、どこまで許されるのかがわからない。

手を握るのは?

キスをするのは?

その先は?

ここまではOKという分かりやすいサインを送ってくれれば、喜んでお相手するのに、現実はそう都合よくはいかない。

「おやすみなさい」

月子ちゃんはするりと助手席から抜け出して、南城家の屋敷の扉の前から俺に小さく手を振った。

「おやすみ」

俺は紳士の仮面を被って彼女が家の中に入るのを見届けた。

出来ることなら、あの柔らかそうでぷっくり膨らんだ唇にキスしてしまいたかった。