「伊織さんは嫌になりませんか?」
伊織さんは笑いもせず、怒りもせずこう答えた。
「実際恵まれた立場にいるからね。他人から妬まれたり、期待されるのも仕方ないことさ」
伊織さんの返事は、決して冷めているわけでも、諦めているわけでもなかった。
生まれた環境に驕らず、現状を正確に把握し、他人に振り回されない芯の強さを持ち、自分に対する評価をすべて受け入れる器の大きさを感じさせた。
「月子ちゃんは自分の思う通り好きなようにしなよ。その方が君らしい」
青臭い私の愚痴に明確な答えをくれたのは、伊織さんが初めてだった。
その瞬間、心の中にあったモヤモヤがすっかりなくなったのだ。
代わりに伊織さんのセリフが波紋となり、心の中を静かに波立たせた。
私は誰かの言いなりになる気もないし、お金持ちだからって勝手に見下してくる男性なんてもってのほか。
御曹司なんてものは、高慢ちきで、自分勝手な生き物だとばかり思っていたのに、伊織さんは違った。
……ああ、この人なら私のことを分かってくれる。
そう思ったら涙が出るくらい嬉しかった。



