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私が伊織さんと初めて会ったのは10年前、私が高校に入学したての春の日のことだ。

当時大学生だった伊織さんは自主休校と称して惰眠を貪り一向に大学に通おうとしないお兄ちゃんに、業を煮やし我が家にやってきたのだった。

「はじめまして。藤堂伊織です」

「……妹の月子です」

我が家のリビングに忽然と現れた魅力的な男性に、初対面にも関わらず私は目が離せなくなった。

握手を求める伊織さんの笑顔に、まだ高校生だった私は初めての胸の高鳴りを覚えたのだった。

……それが恋の始まりの合図だと気づくのにそう時間はかからなかった。

伊織さんはちゃらんぽらんのお兄ちゃんの友達とは思えない真面目な青年だった。

しかし、話してみると融通が利かない堅物というわけではなく、気安い冗談で私を笑わせてくれたり、時には年長者として適切なアドバイスをくれることもあった。

何事にも動じず、悠然と構えている伊織さんには常に余裕があるように見えた。