伊織さんがあの女性と会う約束した月曜日の夜、私は藤堂製薬の本社前で張り込みを実施していた。

普段は滅多に履かないタイトジーンズにカーディガンを着て、トレンチコートを羽織り、人相を隠すために眼鏡を掛けて、変装もバッチリである。

時刻は早くも夜の8時を回ったところだ。

双眼鏡片手に正面玄関を見張っているが、まだ伊織さんは会社から出てこない。

伊織さんには申し訳ないが、会うのがとめられないなら、こっそり尾行するしかないじゃない?

もちろん、私に隠れてオイタをしようものなら、意地でも邪魔してやる。

そのまま30分ほど見張りを続けていると、見覚えのあるスーツ姿の男性が自動ドアをくぐってきた。

(あっ出てきた!!)

恋する乙女ならどんなに遠くからでも、愛しい人の姿は一目でわかるものだ。

伊織さんは会社を出ると社用車には乗らず、大通りまで歩き、片手を上げてその場でタクシーを拾った。

なるほど、仕事帰りにそのまま例の女性に会いに行くのね。

私も伊織さんに倣って流しのタクシーを拾うと、運転手に矢継ぎ早にこう言った。

「早く!!前のタクシー、追ってください!!」

運転手は面食らっていたが、私の言う通り伊織さんが乗ったタクシーを追跡してくれた。

まさか、ドラマか映画でしか聞いたことのない決め台詞を実際に使うことになるとは思いもしなかった。