「ねえ、少しだけ話せないかな?」

私は危うく絶叫するところだった。

ナンパ女はあろうことか伊織さんの腕を引き、露骨な色仕掛けで伊織さんを誘惑しようとしていたのだ。

「悪いけど、今日は先約があるんだ」

「じゃあ、明日は」

「明日は仕事」

「明後日は?」

「明後日も仕事」

「もうっ。じゃあ、来週の月曜は?」

「……分かった。空けておく」

何度も断ったのに女がよほどしつこかったのか、伊織さんはとうとう根負けして、ふたりきりで会う約束を取り付けられてしまった。

私はバッグを取り落とし、その場に膝から崩れ落ちた。

顔から完全に血の気が引いていく。

伊織さんなら絶対に断ると思っていたのに。

私という婚約者がありながら女性とふたりで出掛けるなんて……よほどのことがない限りありえない。

(もしかして……)

その人は伊織さんにとって、ただの知り合いじゃないってこと?

私が潜んでいることに気が付かずに談笑しているふたりを見ていると、嫌な予感しかしなかった。

まさか……。

かつての恋人とか……?