『いつからだ。いつから』

ようやく筆を置いた李悠は振り返って言った。

『彼女が宮中に来る前からだよ、碧月。お前は知らぬだろうが、あの子は太陽だった。あのうらぶれた邸で、全てを明るく照らし眩しく輝いていたよ』

言われた言葉を思い出すと共にキリキリと胸が傷んだ。

宮中に来る前の花菜。
その頃のことで碧月か藤盛家について知っていたことといえば、 落ちこぼれの親と狐憑の娘の噂だけ。

接点は全くなかった。
むしろ家の前など避けて通ったものである。

花菜姫を初めて見たのは、女官の追加募集の時。

狐憑の娘というからには、怪しげな匂い漂う女を想像していたが、現れたのは生き生きとした人間の娘だった。

深層の姫らしからぬ弾ける明るさに意表を突かれ、あの時は嫌悪した。

それは奥ゆかしさや、しとやかさが女性にとっての最大の美徳だと思っているからだが、結局自分は表面だけを見ていたということなのだろう。