「大丈夫よ、花菜。私たちは味方だから。無理にでも結婚したほうがいいなんて言わないわ」

それからは緑子も朱鳥も、婚儀の話には口を閉ざした。

花菜がスミレの邸での暮らしぶりの話をしたり、緑子が最近の宮中の事情を話たり、朱鳥が最近凝っているという刺繍を見せたりと、笑顔が絶えない女子トークに花を咲かせた。

やがて話疲れたように三人並んで横になり、朱鳥と緑子の静かな寝息が聞こえはじまると、ひとり寝付けずにいた花菜はジッと天井を見つめた。

――私はただの我侭を言っているの?

結婚は今後の人生を決める大切なこと。
他の貴族との結婚ならいざ知らず、源李悠との結婚となれば、二度と宮中で働くことは許されないだろうし、沢山の女房を付けられて、ひとりでは何もできなくなるだろう。

得られるのは生活の安定。
失うのは自由と、そして……。

東市でカイを見つけ、小屋で話をした時のカイの笑顔を思い出す。
とても素敵で、気さくな笑顔だった。

夜盗の妻。
カイが心から愛してくれたなら、それでもいいのに。

そう思うと胸の奥がキュンと苦しくなった。

――どこか遠くへ逃げて、ふたりきりで楽しく過ごせたらよかったのに……。