「ここね」
早速門を潜ると、舎人が現れて中へと案内された。

「では、私はここでお待ちしています。下屋のほうにおりますので、お帰りの際はお呼びください」

トキも一緒にと思ったが、彼女は瞳で訴えていた。
『貴族の出であることは、内緒ですから』と。
なので花菜はひとりで舎人に付いて邸の中へと入っていった。


その日の夜――。

源李悠の邸の門を、ひとりの男がくぐった。

月は高く、夜の帳は完全に落ちている。
なにもしないでいるには長すぎる冬の夜だが、なにかをするには寒過ぎる。起きているのは、睦み合う恋人同士くらいだろうか。
そんな夜だが、邸の下人は起きていた。

「お帰りなさいませ」と、静かに彼を迎い入れる。
下人に馬を預けると、男は邸に入っていく。

彼はこの邸の主ではない。
主である李悠の腹心の部下である、舎人の時光(ときみつ)だ。

狩衣の衣擦れの音も立てず、時光はヒタヒタと濡れ縁を進み、主の寝室へと向かった。

「トキか」
主の李悠は、彼をトキと呼ぶ。